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  • 執筆者の写真麗ちゃん

静なる欲望は蠢き爆ぜる

前書き)


 これは短編【マキナちゃん、遊ぶ!!】の後に続く話であります。

 誤字脱字ありましたら、ごめんなソーリー()


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 茹だるような暑さがやっと鳴りを潜め、朝晩の寒さで暖かい布団から出辛くなり始めた秋の終わり頃。サイドボードに置かれた、通信端末から発する呼び出し音が鳴り響く。


「…。」


 鳴り響く。


「……。」


 鳴り響く。


「うるさ…。」


 鳴り響k…停止。


「よし…これで良い。」


ーーーー 良くなあああい!!


 同時にドアのエアロックが解除され、荒々しい足音と共に寝室に現れたのは。


「…なに平然と部屋のドアロック解除しちゃうの?ロックパス教えてないよね。

今、何時だと思ってんの、ねぇ?子供はまだ寝てる時間。昼は世の中に疲れ果てて、夜に力尽きちゃう大人だってさ、まだ寝てる時間なんだよ?

まだ朝の4時なんだから、寝かせてよ…おやすみ」


「おやすみじゃないの、お買い物行くよ!ささ、着替えて着替えて!起ーきーるーのー」


 声の主はベッドにモゾモゾと潜り込んだ麗舞に馬乗りになりながら身体を揺さぶった。


「……重い「重くない!!」…苦しいってば。んー、わかったよぉ。起きる、起きるから退いて…腰が痛い」


 気だるげに上体を起こして大きな欠伸を一つすると、サイドボードに置いた眼鏡を掛け、目の前でニコニコとチシャ猫の様に笑う小悪魔を軽く睨み付ける。


「おはよ♪良い朝だね、お買い物日和だよ!」


「まだ日の出前だけどね。それに今日のシップ内天気は雨モードだけどねぇ…はぁ、眠い。おはよ、マキナ」


「細かい事は気にしないの!ほら、顔洗って歯磨いてきて。あ!また着替えないで寝たの、服が皺になるからダメって言ってるでしょ!

 それに髪もボサボサだし……なんか臭うよ、すぐシャワー浴びて!ほら、さっさとベッドから出る!駆け足!」


「わかったよ、引っ張らないでよ。へぶっ!?」


 マキナはベッドから麗舞を引きずり出し、シャワールームへ引っ張っていく。彼の足がもつれてもお構い無しに終始、笑顔を浮かべたまま。余程、機嫌が良いようだ。


「だらしないなぁ、朝なんだからシャキッとする!それともさぁ、一緒に・は・い・るぅ?」


「入るわけないだろ、このウッフン娘が。15年早いんだよ、そういうのは。ったく、まだ身体が馴れてないんだ…急に動くと危ないんだからさ。

一人で動けるから、急かさないでよ。ちゃんと用意するって。

 どうせ朝ごはんも食べずに来たんでしょ?残り物で良ければ冷蔵庫に入ってるから、待ってる間に食べてきなよ」


「…え?あ、えっと、良いの!?あはは、食べる食べる!やった、朝ごはん食べずに飛んできたからお腹空いてたんだよねー!わぁい!」


 部屋の主を放置してキッチンに駆け込んでいく彼女を見送りながら、やれやれと一息ついてからシャワールームへと移動する。その動きは、どこかぎこちないものだった。



◆◆◆◆



【静なる欲望は蠢き爆ぜる】



◆◆◆◆



 冷蔵庫の入ってたピザをレンジが温めているのを眺めながら、私はさっきの言葉を反芻した。


ーーー まだ身体が馴れてないんだ…


 その言葉の意味はきっと、この前に見つけた隠し部屋の中身が、答え。視線は自然と隠し部屋のドアへと向かってしまう。そこには本棚が置かれ、商業書籍や辞書、ゴシップ雑誌なんかが雑多に並べられてる。

 お兄さんがひた隠しにしてること、誰にも知られたくない事を今日、私達は…。


「気になるモノ、見つかった?」


「ひっ!?」


 慌てて振り替えると、真後ろにシャワーを終えていつもの格好をしたお兄さんが立ってる。いつもと変わらず、少しの苦笑いを浮かべながら。


「ごめんごめん、脅かすつもりはなくてさ。ボーッと本棚なんか見つめて、どうしたのかなって。

 なにか読みたい本でも見つけた?それにピザ、早く食べないと冷めるし、行くんでしょ買い物に」


「うん、そうだね!食べるよ。あ、ドクペ冷えてるよね?これもちょーだい♪」


「はいはい、わかったわかった。持っていくから座って食べな?」


 態とらしく明るく振る舞う私を気に止めることなく、お兄さんは温め直したピザをお皿に移し、グラスとドリンク缶を片手で持つと、ソファーに座って待ってる私の前に置いてくれた。


「お兄さんは食べないの?」


「いや、朝は要らないんだ。代わりにコレ」


 私の隣に深々と座って、マグカップを傾けてゆっくりと飲んでる。少しだけの酸味と芳ばしい豆の香り。


「起きてすぐのコーヒーは身体に善くないって聞いたよ?」


「早朝から人を叩き起こしてピザ5切れにドクペ500ml、昼用に隠してたチリドッグまで綺麗に完食する、そんな元気過ぎて常識外れなケミカルジャンキー娘に言われてもねぇ」


「ねぇ、お兄さん…怒ってる?」


「怒ってないよ、呆れてるだけ」


 あからさまにブスッとしてるんだけどね。流石にやり過ぎた気はしてるんだけど、でもこうでもしないと真面にお兄さんと話せないんだ。あの部屋で見た事が信じられない、理解したくない…信じたくない。

 だから、直接お兄さんの口から、お兄さんの言葉で聞かせてほしいの。お兄さんが秘密にしてることを。


「ごめんね、お兄さん…」


「どうしたんだよ、急にしおらしくなって。おい、なにさ寄り掛かって!ドクペで酔ったとか…酔うわけないよなぁ。あ、こら、やめろって…よせよ、こんな事」


 慌てるお兄さんに覆い被さって、ただ瞳を見つめながら顔を近づけて……同じ顔、本当に前と同じ顔なのにね。頬に手を添えれば、こんなに温かい。血の通った肌なのに、もう私達と一緒に過ごしたお兄さんはいないの?

 狼狽えながら私の顔を見つめているお兄さんの両手首を、片手で掴んで壁に押し当てる。普段なら力負けするから出来ないんだけど、パワーアシスト・バンド着けてるから…振りほどけないよ?

 

「何でよ、振りほどけねぇ…力強いな!?

 本当にダメだって。そういうのは…もっと別の奴に取っとけ、な?」


「ねぇ、お兄さん。私を見て?目、そらさないで。私だって、その気になれば…こういう事だってできるよ、それ以上の事だって。

 私、もう子供じゃないんだよ。だから、私に任せて?」


 あとほんの少し近づくだけで唇が触れてしまいそうな距離。壁に頭をグリグリと擦り付けるようにして逃れようとしてるけど、無駄だよ?

 気付かれないように、カーゴパンツのサイドポケットに手を忍ばせ、中に入れたモノをしっかりと握る。チャンスは一度きり。

 

「本当に、どうしちゃったんだよ。起こしに来た時といい、今だって…」


「本当はね、私だってこんな事したくなかったんだ。

 こんな風に見つめ合うなら…今のお兄さんじゃなくて、前のお兄さんが良かったんだから」


「なに、言ってんのさ…前の?お前、まさかーーーッ!?」


 一瞬、お兄さんの力が緩んだこの時…ポケットから抜き出したアンプルガンを首筋にあてがって引き金を引く。薬液が全て注入されるのを確認して、目を白黒とさせるお兄さんから退いた。


「ごめんね。お買い物の話、嘘なんだ」


「……あぁ、そうか。あの部屋、見つかっちまったのか。全部、見られちゃったワケだ…ハハ、参ったね」


 片手で顔を覆う仕草は緩慢で、薬液が徐々に効力を発揮してきたみたい。


「即効性の睡眠誘発剤、それだけじゃない…ナノマシンの異常活性化を抑え、正常化させる抗ナノマシン・ウイルス。それに…」


 言葉を切ったお兄さんは、肘置きの裏に隠したナイフを逆手に持って、躊躇なく自分の左手の甲を刺した。


「な、なにやってるの!お兄さん、正気!?」


「これが正気に見えるのか?だったらドクペの飲み過ぎだ、寄るな。それ以上、近寄るな…わかってるだろ?

 こんな事したって、すぐに修復されるんだから…あぁ、修復効果も早いな。こんなのが作れるとしたらアイツか、マキナ…キミくらいだもんな。あーあ、本当にバレてんのか」


 震える手で血の着いたナイフの先を私に向けたまま立ち上がると、壁伝いに身体を引きずりながら出入口へ向かってる。でも、その先には皆が待ち構えているから、どうしたってお兄さんには逃げ場がないんだよ。


「無駄だよ、お兄さん。その薬には筋弛緩の効果もあるから、そうやってナイフ持ってるだけでも辛いでしょ。

 そのドアの向こうにね、皆が居るんだ…だから逃げられないよ。

 それにね、誰もお兄さんを…ううん、誰もあなたを苦しめたりしないから。だから、ね?ナイフを降ろして」


 慎重に、脅かさないように、優しく。血で染まったその手に触れようとして。


「ッ!?触んな…俺に触んな!!あぁああああ!」


 私の手をもう片方の手で払いのけて、両手でナイフを握り直すと切先を喉元へ向けて、震える瞳で私を睨み付ける。

 違うの、私はお兄さんを傷つけるつもりはなくて。だから…そんな目で、私を見ないでほしい。

 焦る気持ちが徐々に冷静さを蝕んでは、私の口調も荒くなっていく。それが逆に、お兄さんを追い詰めているって、頭の片隅ではわかっているのに。堰を切った様に、私の口は止まってくれない。



ーーーー どうしたの、何があったの!?ここを開けて!


 

 激しくドアを叩く音と共に声が聞こえてくるけど、それどころじゃなくて…目の前のことだけに意識を持っていかれる。ドアの向こうからする声が、ただの雑音に聞こえてしまうくらいに、今の私は冷静になれていない。


「バカなことはやめて!子供みたいに癇癪起こさないでよ、お願いだから!ねぇ、ナイフを離して!」


「うるせぇな!それ以上、近づくなよ…お前達もだ!ドアを壊そうなんて考えるなよ、そんなことしたら…」


「わかってるでしょ、刺したって痛いだけなんだよ!?やめてよ、そんなことしないでってば!」


「そうさ。そんなことさ、痛いだけ…刺した傍から傷が治るんだから意味なんて無い。そうだよ…こんな事したってな!!」


 音もなく、喉に深々と刺さったナイフ。傷口から腕を伝ってゆるゆると、滴る血。リノリウムの無機質な床が赤く赤く、染まっていく。

 茫然と見つめる私と、血走った二つの目が合うと…お兄さんは、そのまま横薙ぎに腕を振り抜いた。

 その拍子に飛沫が私の顔を赤く染めてく、生暖かくて鉄の臭いがこびりついていく…あれ?

 なん、で?なんで?なんで!?


「え…待って、よ。なにを…なに、してるの…」


 直ぐに止血しなきゃ、動かなきゃって…そう思ったのに脚に力が入らなくて、立っているだけで精一杯で。

 目を見開いたままの私と、俯いたままのお兄さん…2人ともその場を動かない。

 やがて、か細い笑い声と一緒にゆっくりと顔上げたお兄さんの表情は寂しそうで、諦めていて、でも笑ってる。なのに酷く濁っていて虚ろな瞳。


「……ほら、意味なんて無い。見ろよ、これ。何もなかったみたいに綺麗サッパリさ。でも、痛い。ずっと痛いんだ。でも死なない。なんで、死ねないのかねぇ」


「あの、お兄さ「退いてくれ」…あっ」


 戸惑う私をゆっくり押し退けてテラスの方へ歩き出す、その背中に伸ばしかけた手は…


「要らねぇ…その手は俺の為じゃなくて、前の奴の為だろ?」


「!?」


 拒絶の言葉に阻まれた。


ーーーー 前のお兄さんが良かったんだから…


「ち、違う…そんなつもりじゃ、なくて!」


「じゃあ、どんなつもりだよ。誰かの為に…生きなきゃダメ。誰かが願ったボクで、いなきゃダメ。でも、それが出来るほどボクは強くはない。だから俺は生きられない。死ぬことも出来ない。

 誰にも、ココにいる事を望まれてない。期待外れってさ」

 

「何を言ってるの、お兄さん…」


「…もう、どうだっていいこと。見られたからには、仲良しごっこも終わりだしな。ここにいる意味もない」


「…違う、違うよ!仲良しごっこなんかじゃない!!仲良しごっこなんかじゃ…どうでもいいことじゃない!

 私は、私達はお兄さんを助けたい、私達だって、力になりたいんだ!あの部屋を見て、お兄さん独りになんてさせられない…どうでもいいなんて言わないでよ!」


 ここでお兄さんを行かせてしまったら、もう二度と会えない気がして、私はその背中に飛びかかった。振り落とされない様に必死でしがみついた、以前とは比べ物にならないくらいに小さくて、頼りなく感じる背中に。


「離せって!どうだっていいだろうが!?やっと自分の身体を取り返したんだ、俺の勝手だろ!?好きにして何が悪いんだ!」


「イヤだ!離さない!どこにも、行かせない!」


 お互いに縺れ合いながら、部屋中の物を薙ぎ倒して蹴倒していく。何もかもを壊わしながら、踏みつけながら。


「しつこいんだよお前も、テメェもだクソガキ……離せ!」


「…嫌だって、言ってんでしょ!」


 息切れして動きが鈍った隙を突いて、ナイフを持った右腕を拘束しようとして体勢を背中から入れ換える。


「クッソ、ガキのくせに……うわっ!?」


 揉み合いの中で、お兄さんが床に散らばった物で脚を滑らせて背中から倒れる。私もそれに引っ張られて覆い被さる様に倒れていく。鈍い音とナニカを突き刺した感覚と一緒に。


「…お兄さん?ねぇ…お兄さん?」


 呼んでも返事が、ない。カーペットの上、仰向けに倒れているお兄さんの頭の周りには、赤い染みがゆっくりと広がっていってる。

 倒れたまま起きあがることもせずに、視線を胸元まで落としていく。左胸に突き刺さったナイフと、それを握り締める私の手。

 私がこの手で…お兄さんを。


「…あ、嘘。イヤ、イヤイヤ、イヤ…イヤァアア!!「うっさ…」…ぁ、え?生きて、る」


「死なねぇつったろうがよ…ちょっと意識が飛んだけだ。つか、いつまで抱きついてんだ、退けよ」


「あぅ…」


「言っとくが前のヤツは帰ってこねぇよ。アンタが打ち込んだ薬のお陰で、俺は出てこれた。礼を言うぜ」


 乱暴に横に転がされた私を一瞥すると、真底うんざりしたと言わんばかりに、髪をかき上げながら吐き捨てた。


「…なに、それ。お兄さん、なの?」


 気付いた時には、その髪色がいつものくすんだ金髪じゃなくて、白髪黒髪が斑の様に混じり合って艶もない、みすぼらしい色をしてた。


「だからもうお前の【お兄さん】じゃねぇのよ、残念ながらな」


「声も、違う…目付きも、瞳の色も。誰、誰なの?貴方は一体、誰なの!?お兄さんをどうしたの!」


「うるせぇな…一々、大声出すんじゃねぇよクソガキがよ。

 この長い髪も鬱陶しいし、切っちまうか……血が固まって切りにくいな。まぁ、こんなもんか」


 ひび割れた姿見の前に立って、ナイフで血がこびりついた髪を乱雑に切り落としてる。鏡の端に写った私はそれを見てる、とても信じられないモノを見た…そんな目をしてる。

 お兄さんは滅多に髪を短くする人じゃなかった、この髪型はお気に入りだからって言ってたから。それを目の前にいる人は、躊躇せずに切り落とした。

 床に散らばった髪の毛を踏みしめて振り返った彼は、ゆっくりと私に近づいてしゃがみこんで目線を合わせる。


「あぁ、お前の【お兄さん】は、消えたよ」


 さも愉快だと、気味の悪い笑顔を貼り付けて。お兄さんの血で染まったナイフをクルクルと弄びながら、彼は嗤う。


「前のヤツは帰ってこねぇよ。アンタが打ち込んだ薬のお陰で、俺は目覚めた。でもアイツさ、抵抗してたんだよな、俺を出て来させないように。

 スッ転んで頭をぶつけて、その拍子にお前がナイフを刺してくれたお陰で、綺麗サッパリ…消えてくれたぜ。鬱陶しい頭痛と一緒にな、礼を言うぜ」


 プツリと、切れる音がした。

 それからは、もう抑えられなかった。ただ目の前の存在が許せなくて。心の奥底から沸き出る激情に視界が赤く滲んで、言葉にならいない怒りと殺意が唾と一緒に吐き出される。無意識に具現化させたツイン・ダガーを振り回して。


「うわあああ!!!」


「おっと、あっぶねぇなぁ。居住区でフォトン武器の使用はご法度だろうに…ガキらしく、癇癪かぁ?

 ドクペでも飲んで落ち着きなよ。冷凍庫に新しいピザあるからさ。一緒に食べるかい…マキナ」


「っ!?…うるさい、うるさい!お前なんかが真似するな!

 返してよ……返せ!お兄さんを返せえ!」


 許せない、許せない…許せない。

 似てもいない声色で。

 似てもいない笑顔で。


「私の名前を、呼ぶなあああ!!!」


 怒りに任せて振るったダガーは空を切り、或は部屋中の壁や家具を悉く切り刻んでいくばかりで。

 それを愉しくて仕方ないという風に、ヒラリヒラリと何度も躱して、息の上がった私と距離を取った彼は嘲る。


「アハハハ、当たるかよ。そんな大振りがさあ!オモチャじゃねぇんだぞ、怪我する前に仕舞えよ。

 それともさぁ…」


「くぅ!?」


 不意に言葉を切って姿勢を限界まで低くした彼は、私との間にあった3mの距離を一瞬で詰めて、その顔が目の前に現れた。両手は壁に押し付けられて動けない。

 目の前に迫った不気味な笑顔、それから顔を背ける…見たくない、見ていたくない!


「は、離して!いや…「ねぇ、こっちを向いてよ…マキナ」…え、なん、で…お兄さん、なの?」


 聞こえた声は、紛れもなく私が求めた人の声で。

 目を開けた先にあったのは、紛れもなく私が…皆が大好きな人の顔で。

 その血にまみれた口元がゆっくりと動いていく。


「そのダガーで、今度はボクを滅多刺しにするの?

 また、痛い思いをさせるんだ?」



 【タスケテ、クレナインダネ…】



「っ!?ち、違うよ、私は…お兄さんを「そんなマキナなんて、大嫌いだよ」…あっ」


 私の言葉を遮って、紡がれた声。びくりと全身が震えた後、力が抜ける。

 手にしたダガーがポトリと落ちる。その片方を危なげなくお兄さんが受け取ると、ニコニコと笑っている。いつも見いた優しい笑顔で、私に…。


「大嫌いだよ」


「そんな…イヤ、イヤだよ…そんな事、言わないでよ」


 頭を振りながら懇願する私を見つめる顔が声が、髪が…。


「…引っ掛かった♪」


 目の前で、醜く歪んでいく。

 目の前で、耳障りな音に変わっていく

 目の前で、みすぼらしい斑の色に変わっていく。


 汚された、汚された汚された汚された!!

 私の気持ちも。

 皆の気持ちも。

 お兄さんの気持ちも。


「騙した……騙したなあ!?お前!お前え!…お前ええ!!!」


「アッハハ!バカなガキだよなぁ、消えたのにな。お前のお兄さんはさあ、もう居ないんだよ!どこにもなあ!!」


「はな、せぇ…この。許せさない、ぜっったい……コロシテヤル。バケモノ…コロシテ、ヤルカラアアアア!!あああああ!!」


 横顔を壁に押し付けられて動けない、それでも精一杯の憎しみを込めて、目を見開いて、叫んで…叩きつけることしか出来なくて。それしか出来ないことが悔しくて、憎くて、自然と目が熱くなって…目の前を滲ませたそれが、頬を伝って溢れていく。

 溢れた雫がアイツの手を濡らして、それを見つめるアイツの顔が憎々しげに歪む。

 

「…泣くほどかよ。泣くほど、アイツが良いのかよ。俺は必要ないってか……俺は、俺は存在しちゃいけねぇってのかよ、あぁ!?

 だったら最初から、あの部屋に入らなきゃ良かったんだ。見つけても見ない振りしてりゃあ、それで良かったんだ!

 全部、お前が悪いんだろうが。見ろよ、この部屋。お前のお兄さんとの想い出が、何もかもがズタボロだぞ。あれもこれも、お前がやったんだぜ」


「…あ。これ、全部…私…わたし、が。私が、全部…悪い、の?わたしが、わたしが…コレ、全部」


 あれはヴェルデが、お兄さんにあげた木製のテーブルセット、いつもそこでお兄さんは珈琲を飲んでいて…テーブルは真っ二つに割れて、椅子は脚が折れてしまっている。

 その近くにはウィスタリアが持ってきた、陶磁器の一輪挿しが割れいる。テーブルの真ん中に置いて、お兄さんはいつも水を替えては大事そうに眺めていたのに…花も花瓶も、踏みにじられて潰れている。


 あの片隅にあるのは、リモーネが設置したダーツマシン…何かにつけて欲しいものがあるとリモーネはダーツで勝負して、いつもお兄さんを負かしてた。その度に、悔しそうに財布と勝ち誇るリモーネを交互に見てはため息をついてた。でも、最後にお兄さんはいつも楽しそうに笑っていた。

 それも筐体はへしゃげて、ディスプレイにはヒビが入って、内部照明が不規則に点滅してる。もう、遊べない。


 そうだ、あれは確か…アルトさんが沢山を食料を入れておけるようにって、半ば無理やり部屋に押し込んだ大きな大きな冷蔵庫と冷凍庫。それも無惨に扉は外れかけて、傾いてる。中身も、ぐちゃぐちゃになって周りに散らばっている。


 ヒトミさんが皆でお茶が出来るようにって、態々、街まで出て買ってきた人数分のティーセットと…それを保管しておけるようにって、ジークリットさんはティーセットの柄に合わせた棚を用意してくれた。


 それだけじゃない、他にも沢山の物が…何もかもが、壊れて砕けている。皆が各々、思い思いに持ち寄った物が、想い出が…壊れている。それら全部を…


「私が壊しちゃった…私が全部。違うの、違うんだよ!…あぁ、違わない、私が私が私が全部、全部全部壊したんだ!

 そうだ、私が…殺した?私が…お兄さんを、殺したの?」


「そうさ…お前が【お兄さん】をその手で、殺し…「マキナ、無事!?」……あ?」


「ヴェ、ルデ…みんな……ダメ、来ちゃダメ」


「何なのよ、この有り様は…事情は後で、しっかり聞かせてもらうわよ。

 さぁ、お兄さん!ダガーをこちらに寄越して、マキナを離しなさいな」


 けたたましい音と一緒に入口のドアが吹き飛んで、ヴェルデ達が雪崩れ込んで私達を囲んだ。


「いい加減に…しろよ、お前ら。それ以上、近づくんじゃねぇよ、武器を降ろせ……殺すぞ、このガキを」


 チラチラと頻りにテラスの出入口を見ながら後退りしていく。


「正気なの!?早まった真似はやめなさい!今ならまだ、チーム内の揉め事で済ませられるわ!落ち着いて、冷静になりましょ?

 貴方がそんな事する人じゃないって、ここにいる皆も、ここに居ない人達だって、チームの皆がお兄さんのこと、わかってるんだよ…ね、大丈夫だから怯えないで?」


 ヴェルデの制止も無視して、私ごとテラスの隅へ。そこから先は、ない。眼下には市街地の灯りと喧騒。それに混じって、青と赤が交互に光ながらアークス居住区へ近づいてくるのが見えた…次第にサイレンも響いてきた。治安維持局が来たんだ。


「また面倒なのを呼びやがって…お前らも後々、面倒だろうによ!」


「お願い、ダガーを捨てて!今ならアークス内の処置で済む。私の裁量でお兄さんの処分は低く出来るから!」


 必死で叫ぶヴェルデに呼応されて、他の皆も思い思いの言葉を投げ掛けてる…無駄なのに。

 今、皆の目の前に居るのは、お兄さんじゃないのに。

 コイツは、コイツは…殺さなきゃ、いけないのに!


「殺して!!早く!皆もコイツを殺してよ!!」


「マキナ?な、にを言って…貴女もどうしちゃったのよ!?」


「コイツはお兄さんじゃない!お兄さんの身体を乗っ取ったんだ!だから、殺して。殺さなきゃ…いけないんだあああああ!!!」


 使用者権限の武器強制呼び出し機能を使って、床に落としたダガーとヤツに奪われたダガーを取り戻す。同時に両方を逆手に持ち替えて、脇腹に突き刺さして抉る。

 ヤツの力が緩んだ拍子に拘束から逃れ、身を屈めて脚払いでヤツを転ばせる。


「ぐあぁ!?…こ、のガキぃ」


 殺れる!このまま、首をはね飛ばされて、再生できない程に滅多刺しにして…死ね、死ね!死ね!


「死ねえええええ!!!」


「ダメよ、マキナ!?」



ーーーー マキナ…。


 「!?!?」


 聞こえた。確かに、聞こえたんだ。お兄さんの声が。

 気がつくと、刃はヤツの首筋に触れる寸でのところで止まっている。


「あ、あれ?なんで…」


「お兄さんの声でも聞こえたか?残念…俺だ、よ!!」


「あぐっ!?」


 一瞬、呆けてしまった私をヤツは頭突きで怯ませて、巴投げの要領でヴェルデの方へ投げ飛ばした。

 踞る私を嗤いながら体勢を整えてテラスの縁に立つ。

 肩をすぼませて両手はポケットに突っ込んで、猫背気味に立ってる…その姿が本当に、本当に、憎らしい。


「マキナ…だいじょうぶ?無茶、し過ぎ…メッ」


「ゴメンね、ウィスタリア…ドジっちゃったよ」


「アレは…もうお兄さんじゃ…ない、かも。途中までは…お兄さんがいた。でも、今は見つからない。

 あの人の心、グチャグチャになってる。ペンでぐるぐる描き殴った、みたいに。きっと…もう、壊れちゃう」


 私の肩を支えながらウィスタリアの言葉に、ザマぁ見ろとしか思えなくて、吐き捨てるようにヤツを睨み付けた。


 死ねば、いいんだ…お前なんか。


「殺してやる…今、ここで!」


 ダガーを構え直して飛び掛かる…その時。



ーーーー そこまでだ!!大人しくしろ!



 全身が黒で統一された完全武装の人達が大勢やって来て、私達を守る様にしてヤツの前に立ち塞がった。

 後ろからゆっくりと私達を押し退けて、灰色のトレンチコートを着た男の人が先頭に立った。


「治安維持局だ、もう逃げ場はないぞ。観念して投降しろ…さもなくば、この場で射殺する!」


 武器を持った局員が一斉にライフルを構え、レーザーサイトの光がヤツの急所を全て捉える。

 それを見たヴェルデ達が慌てて止めに入る…私はそれを冷めた目で見てしまう。バカなことを、と。


「待ってください!これはアークス内の事です、一般局員の範疇外でしょ!?銃を降ろして!」


 そうだ、やり過ぎだと他のチームメンバーも口々に抗議するけど、この場の指揮官と思わしき人は、ウンザリした顔を取り繕うこともしない。


「ここは、一般人も住んでいる居住区なんですよ。こんな朝っぱらからゴチャゴチャやられちゃ、我々にも通報が来るんですよ。

 一般人がいる所で、アークスの奴らが暴れてるとあっちゃ、こっちも動かなきゃいけないんでねぇ。全く、迷惑な話だ。

 おい、聞いてんのかぁ!そこの血塗れのバケモンがよぉ、脅しじゃねぇぞ」


「彼はバケモノなんかじゃありません、歴としたアークスですよ!?

 こんなことは、越権行為です!指揮官の貴方なら知っている事でしょう!?」


「相手が正規アークスであれば、ですがね。アレは非正規ですから、我々が処理しても何の問題もありません…それもご存知のはずでしょう、正規アークスのお嬢さん方」


「今は錯乱しているだけで、然るべき所で処置すれば何の問題もありません!だから、殺処分は止めてください、まだ助けられる!見ればわかるでしょ!?」


 そんな二人のやりとりが私には滑稽に思えて仕方ない。わかってないのは皆の方だよ…アレは、もうお兄さんじゃないのに。

 バカだよ、皆も……私も。


「えぇ、勿論。我々もプロですから、わかっていますとも。手遅れになる前に処理するのが我々、治安維持局ですから。

 もういい、時間の無駄だ…さっさと殺せ」


「そうだよ…殺してよ」



ーーーー 構え!



「マキナ、どうしてそんなことを言うの!?貴方達、やめなさい!?…やめて、やめてよおおおお!!」


「おいおーい!ちょった待った!その発砲、待ったあ!!

 肝心の俺を無視して、盛り上がんの止めねぇ?腹立つんだわ…。

 指揮官さんよー。俺の返事、聞いてくんね?」


 張り詰めた空気を四散させるような気怠げな声が、辺りを支配する。

 本当に、忌々しい。


「なんだあ、薄汚ねぇバケモンにしゃ殊勝じゃねえか。言ってみろ、聞いてやる。

 おい、銃を降ろせ」


「…宜しいのですか、指揮官」


「いいから、降ろせ」


「…全員、銃を降ろせ!命令あるまで待機!」


「良かった…」


 ほっとした表情を見せるヴェルデ達とは対照的に、武装局員達からは舌打ち、悪態をつく声が、ちらほらと聞こえた。私も同じようにした…勿論、後者と同じように。

 驚いた顔でヴェルデ達が私を見てくるけど、なにも不思議がることなんてないのに。だって…アレはお兄さんじゃないんだもの。生かす必要なんてない。


「それで…何が言いたいんだ?命乞いか?」


 指揮官が面白そうに聞き返すとアイツは、愉快そうに嗤いながら、右手を私達の前に付き出して…手の形を変えた。

 

 中指を一本、天に突き立てて…



「F※※k you… クソ共がよ♪」


「そうかい…死ね」


 一際、大きな発砲音がした時、アレの首から上が吹き飛んでいた。中指を突き立てた体勢のまま、ゆっくりと倒れて、テラスの縁から落ちていった。

 暫くしてから、水気を帯びた潰れる音が微かに聞こえた。確かに、聞こえた。


「状況、終了!撤収作業と同時に、死体と遺留品の回収を急げ!

 奴らにかっ拐われる前に全部引き揚げろ、いいな!」



ーーーー 了解!



 「…嘘、よ。そんな…」


 その場で崩れ落ちる人、半狂乱になって後を追おうとする人、それを止める人…チームの皆の反応は様々で、それを私は淡々と眺めてる。

 

 やった、やったんだ…アイツ、死んだんだ!そうだ、死んだんだ!!


「やった…アイツ、死んだ。死んだよ。ねぇ、お兄さん……死んだよ」


 口から笑い声と一緒に…死んだ、死んだと、うわ言みたいに出てくる、止まらない。

 嬉しい…そうだ、当たり前だ。アイツがいなくなった、嬉しいに決まってるじゃないか!

 

「…撃たれる前、あの人の心が…見えた、の。」


 私の左手を優しく握ったウィスタリアが、ぽつりぽつりと紡いでいくけど…聞きたくない。アイツのことなんて。


「やめて、聞きたくない…」


「欲しい」


「聞きたく、ない…」


「名前が、居場所が…」


「やめてってば!!」


「何もない」


 耳を塞いだ、目を瞑った、頭を振った…聞きたくない、知りたくない……わかりたく、ない。

 

 だってそれは…。


「愛されてみたい」


「やめてよ…ウィスタリア」


「愛してみたい」


「お願い…言わないで」


 だって、それはお兄さんが一番求めていたことだから。


「大切な人のために、生きていたい」


「!?!?」


 立っていられなかった。その場に膝から崩れ落ちて、ただ…ただ、呆然と彼が落ちていった所を見つめて、繰り返すしかなくて。


 殺した。私が、殺した。


「私が…全部、悪いんだ。私が…お兄さんを、殺したの?ねぇ、お兄さん」



応えてほしい人の声は、もう聞こえない。



(終)




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指揮官:口の悪い刑事コロンボみたいな人(言い方


まぁ、死んではいないんですけどね←

その辺は、また次回。

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