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  • 執筆者の写真麗ちゃん

蜷局(とぐろ)

更新日:2019年12月27日

白い部屋に少しだけ重なった3つの人影。またあの夢…3人でいた頃の記憶。



ーーー あなた、本当にその本が好きね…飽きないの?



右側の影が聞いてくる、その答えはいつも…



ーーー ん、すき。あきない


ーーー どうして?


ーーー かっこいい、から。それに…


ーーー それに?


ーーー どろぼう…なりたい。どろぼうになれたら、みんなをだしたい…ここから。みんながいる、ここはすき。でも、いたいことされるから、きらい…だから、でたい。



いつも同じ答えを右側のに返す。



ーーー ここを出たら、何をしたいんだい?



今度は左側の影が聞いてくる。



ーーー ずっといっしょにいる。みんなわらってる、たのしいことたくさん、したい…それから


ーーー なんだい?


ーーー おいしい?…ものたべたい、【白いの】がたべてたやつ…いいにおいした。みんなで…たべたい。できる、かな?



そうだ、ここから皆で出るんだ…真っ白で空虚な世界から、あの四角い世界へ行くんだ。

白衣の奴等が食べてたモノを俺達も味わうんだ、もう薬なんか要らない…自由になるんだ。



ーーー 出来るとも、だから…


ーーー えぇ、きっと出来るわ。だから…


ーーー ?


左右の影は目の前に来て、手を伸ばして頬に触れる。

暖かかった手は急激に温度を無くし、蒼白くなって頬に張り付く…浮き出た血管からはヌルリと赤黒いものが滴り落ちる。


間近にある2つの影が、はっきりと顔の輪郭をなす頃にいつも聞こえる言葉。


【タスケテ、クレルヨネ】


顔のない影が2つ、しかし眼があるであろう位置からは赤いモノが溢れ、黒く滲んで流れてる。


それをずっと眺めたまま、視界が徐々に黒くなっていく…夢の終わり、またいつもの1日が始まる。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ッ!?」


ビクリと大きく身体を震わせ眼を開ける、見知った景色が彼を落ち着かせた。

壁や天井には所狭しと貼られた大小様々な紙、紙、紙…細かな字で紙一面にびっしりと書き詰められたものから、大きな字で短く走り書きしたものまで、古くなって読めないものまで…彼を囲む様に貼られている。


棚には普段、彼が手にすることも珍しい武器がズラリと並んでいる。


「…手入れの途中で寝ちまったのか。ごめん、ちゃんと後で終わらせるからさ。昨日の記録は…よし、これは終わり」


疲れていたのか、作業机でそのまま眠ってしまった…身体の節々がバキバキと音を立て、布団で眠らせろと叫ぶ。


「そろそろ時間か…行ってくるよ、みんな」


いくつもの写真の中には幾多の自分達と…その傍らに写る大切な人達、切り取られた楽しげな時間達が静かに彼を見送った。


壁掛け時計の機械仕掛けの針が深夜を指そうとしていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「…!……!」


「ん?」


「こっち、こっちです、おーい!」


キャンプシップ格納庫…タラップを駆け乗り込む直前、遠くから彼を呼ぶ声に振り替える。

視線の先、手を振りながらこちらに向かい駆けてくる…立ち止まって手すりに掴まりながら肩で息をしている。彼は苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと語りかけた。


「……何も息切らしてまで走らなくても。任務上がりかい、精が出るねぇ。聞いたよ、またクラスランク上がったんだって?上限解放も近いそうじゃない、さらに腕上げたんだってね、凄いなぁ♪」


「あはは、最近はなんだか調子が良くって!……これから任務へ?」


「うん、ちょっとその辺を探索に、ね」


「あの、良かったら…私もご一緒しても?」


「あー…大丈夫、大丈夫♪任務上がりで疲れてるでしょ?気持ちだけ頂いとくよ、ありがとう」


「そうですか…」


少し考える仕草を見せた後、笑顔を浮かべながら相手の申し出を断った。

残念そうに眉を下げ俯く姿に焦りながら言葉を続けた。


「あぁ!気に病まないでね、ホントに一人でも楽勝なヤツだからさ!大丈夫、大丈夫♪あ、時間だからそろそろ行かなきゃな…それじゃあ「あの!」…なぁに?」


「…帰ってきてくださいね?」


いたたまれなくなり、そそくさとキャンプシップに乗り込もうとする彼を呼び止め、不安げに問いかけた。


「もちろん、帰るよ……そんなに心配かい?そんなに……弱く見える?」


片方の眉をつり上げ、意地悪い笑顔を返して答えた。


「え…いえ!そういう訳では……ただ「あ、そうだ!帰ったらどっか遊びに行かないかい?パーッとね♪あ、なんならボクの部屋で…夜明までお楽しみ膝枕以上の~なんて?」…それ、デートのお誘いにしてはマイナス点振り切れですよ、ふふ」


「あは~、やっぱりねぇ「…考えておきます」…え、マジ?あ、いや、はは…じょ、冗談が過ぎるんじゃないかなぁ?流石にボクもこれに…ッ!?」


呆気に取られる彼を満足気に見詰めている女性は無言で顔を近づけ…タラップに伸びた2つの影は1つに重なった。

直ぐ様、彼女は顔を背けたが…照明の灯りで紅くなった顔が際立って見えた。


「…冗談で、私がするとでも?」


「え、あ…ホントに?いいの、かい…ボクで「いいから!早く行ってください!!」…はい、ただ今ァ!」


背筋をシャキッと伸ばし目をぎゅっとつむって敬礼…少しだけで薄目で相手を覗き見ようとして。


「……行きなさい」


「ひゃい!?」


底冷えする声に当てられ今度こそ彼の乗ったキャンプシップは目的地へ向かい、飛び立った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


惑星アムドゥスキア、龍祭壇…その奥地、そこで麗舞は一匹の龍と対峙していた。


【今宵もか…】


「…お願いします」


【我はいつでも構わぬ…さぁ、参れ】


武器を構え、一拍置いて駆け出した。


「……参ります!」


龍の眼前で飛び上がり、逆手に握り締めた小太刀を頭部目掛け、振り下ろした。


【緩い!学習せぬな…闇雲に近寄るな、何度言わせる】


「クソ……ぐぅえ!!」


龍は巨体に見合わぬ機敏な動きでかわし左手の槍角で突き立て応戦する、彼も負けじと身体を右に捻ることで貫かれる事だけは避けた…しかし龍の追撃は続く、彼の視界の外から繰り出された龍の右手の振り下ろしに成す術もなく叩き落とされた。


【思考を止めるな、脚を止めるな…止まった先は死ぞ?】


「んなこたぁ……わかってんですよ!まだ…敗けてない…まだ俺だってやれ、る…」


ひび割れた地面から瓦礫を支えに立ち上がり双振りの小太刀を右手に、片割れは口に…左腕はだらりと垂れ下がっている。


【…焦るな……故にまだ未熟】


「ッ!?…うごぇえ!」


震える両脚で立ち構えすら儘ならない彼に容赦なく、龍は尾をしならせ凪ぎ払った…身体はくの字に曲がり今度は壁にめり込んだ。


【…やけに調子が優れぬようだな、今宵はこれまで。我の全てで相手をするにはまだ不足……また参られよ、半端者】


「…まだ、おわって…ねぇ」


背中を向け堂々たる武人の佇まいで去っていく龍を睨みつけたまま…彼の意識はそこで途切れた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



どれくらいの時間が流れたのか…固い床の冷たさと、全身を駆け回る痛みで彼は目覚めた。


「…い"っ、でぇ…いだい。どこ、ここ?あぁ、キャンプシップ…戻ってきた…のか、いってて。折れてるか、これ…スキャン、開始」


網膜に投影されたメニュー画面から目線操作で医療プログラムを立ち上げる。


ーーー 簡易メディカル・スキャン開始…


ーーー 左肘間接部、脱臼。左掌、剥離骨折。右肩間接、脱臼。全身に渡り、打撲及び切創、擦過傷あり。内部損傷の可能性あり。心拍数・脈拍、共に注意レベル圏内…警告レベルへ推移する可能性68パーセント、意識レベルOCS 1 を確認。

メディカル・タワーへ救急搬送を提言。


「…拒否、断固として…拒否よっと…んぐぐ」


壁側まで這いずって、壁に身体を押し付けるようにズルリズルリと立ち上がる…床や壁に血がまとわり付く様子を見ながら彼は情けなく笑う。

そして、ガイダンスの指示を拒否し、空中に呼び出した小太刀の鞘の部分を口にくわえ、力の限り右肩を壁に叩きつけた…何度も。

その度に、壁や床は汚れていく。


ーーー 搭乗者が要救護レベル6を拒否、これよりアークス・シップへ強制帰還します。発信まで90カウント…


「んぎぐぃー!(聞けって!)んぐぃー!(拒否だって!)…ぐぎぃー!!(言ってんだあああ!)」


ドン!


ゴン!


…ドゴン!



ーーー グキリ…



「んぎぃいいいいいい…あああああ!いだいいだいいだいいだいいだいぃあああああ!クソいてえええ!」


壁が凹むと同時に外れた関節がはまり、また激痛が襲い堪らず口にくわえた小太刀を吐き捨て、のたうち回る…まだ、終わらない。


「いってぇ……次、左肘か」


船内の隅に背中を預け、ぶらりと力なく下がる左腕を見据える…もう一度、小太刀をくわえ右手で左手首を握り呼吸を整える。

くっと目をつむり、震える右手を勢い良く引き上げた。


「ふーっ、ふーっ…ん"ぃ!」



ーーー ゴキャ…



「んぐぅいいいいいいい!?うぅうう……あぁ、あぁ……あぁっ。クソッ垂れ…チクショウがよ」


噛み締めた歯と鞘が耐えきれずに砕け、破片とむき出しとなった刃で口の中や端が裂ける。

やり場の無い気持ちを拳と共に虚しく吐き出した。

腫れ上がった頬、蒼白く痣になった目元…痛みで涙と鼻水、それだけでなく口からは血の混じった涎をみっともなく垂らす…そんな姿が窓辺に写り込んだ。

情けなくて悔しくて、惨めで…嫌な感情が混ざりあって蠢く…それを鼻で笑う自分自身が心底嫌になって、彼は目を逸らした。


「情けな……嫌になるわ、毎度の事ながらコレに頼るなんてさ。最近、使うペース早いな。これ使ったら後は、ひー、ふーの…少ねぇなっと」


緩慢な手つきで左胸の裏ポケットから簡易ケースに入ったトリガー式アンプル注射器を取り出すと、口でキャップを開けて先端を首筋にあてがい…引き金を引いた


「…いってぇ」


軽い音と共に翠色の薬液が注入されていく。


注入を終え、ダラリと身体を床に大の字で投げ出す…目を閉じたまま、彼は動かない。


ーーー 発進まで30カウント…



刹那。



「……あああああああ!?うわあああああああ!!ぎゃあああああ!!」


かっと目を剥き出し、有らんばかりの声を張り上げ転げ回る…一頻り転げ回ると、痛みが引いたのか背中を丸めてうわ言のようにか細く呟いた。


「あぁ…あ、あ…あぁ………いつもながら、キッツいわ、しんど」


ーーー 発進まで10カウント…


発進まで時間がないとわかると、身体をガバッと起こし目を据わらせ空間に制御パネルを投影し船体管制に告げる。


「搭乗者に要救護は必要なし、よって探索任務は続行する…よろしくて?」


ーーー 搭乗者のメディカル・スキャン再施行……オールクリア。任務の続行を許可


「…搭乗者のメディカル・チェックログを全て消去及びメディカル・タワーへの報告を誤報として処理、全管理システム特別上位権限コード【Sー25XX97】発令」


ーーー 全管理システム特別上位権限コード確認……クリア


「さぁて、【タイマン】は断られちまったしなぁ。だったら…」


一呼吸置いて、空間から破損した小太刀とは別の双振りの小太刀を呼び出し、クルクルと手の上で弄びながら、出撃ゲートを見据えた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


龍祭壇第2階層、そこには多種多様の龍族達が溢れていた。


【…また来たのか、弱き者】


【我等の遊び相手になりにきたか…憐れな】


【…情けなや】


ゾロゾロと集まりだし周りをグルリと囲み始めた、各々の武器を構え牙を剥いて威嚇している。

一色触発…今にも飛び掛からんとする龍族に対して彼は、小さく肩をすくめ片手をヒラヒラと振った。


「うっさい、うっさい…いいから黙って相手しろよ、トカゲちゃん達。何匹でも良いからさぁ……斬らせろよ?それに、今はとにかく…」



ーーー ムカついて仕方ないんだよ!!


双振りの小太刀を構え、多方向から飛び掛かる龍族に向け吼えた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



龍族との乱闘を終え、彼は場所を惑星アムドゥスキアから惑星ナベリウスの森林区に移していた。


「…くっそ。こっちが【ブレオン】だからって遠くからバカスカ撃ちやがって。薬が効いてる間は死なないって分かった途端、小鳥は突き刺しに来やがるし…これだから脳筋は遠慮がないね」


川のほとりで火を起こし、薪をくべながら揺れる炎を眺めていた。


「あーぁ、進歩しないねぇ…嫌になるよホント…んぅ?」


お世辞も柔らかいとは言えない簡易シートに寝そべり悪態をつく、そろそろ帰るか…そう思った時、茂みの奥から物音がした。

目線だけそちらに向け、出てきたモノに顔を歪めた…愉快そうに。


「あらぁ、団体様のお着きだ…なんだいなんだい、みんな血走った眼しちゃって…そんな熱い眼差し向けられちゃあ、お応えしなきゃ男じゃないやなぁ!」


【グルル…ガァアア!】


番のファングが他の獣達を従え現れた、ここは彼等の水飲み場…どうやら縄張りに入り込んだようだ。

腰に提げた小太刀を抜き、姿勢を限界まで低く保ち手近な獣に駆け寄りすれ違い様に首を刎ね、胴体を川へ蹴り飛ばす。

首は地面を転がり染みを作る…川はユラユラと赤い帯が棚引く。


「…毛皮にしてやらぁな」


重なり合う咆哮、次々に襲いかかる爪や牙…必ず喰らい付くという野性の本能が彼を包む。

爪をかわし、いなし…牙を折り、刃を突き立てる。


眼球を抉り

首筋の動脈を断ち切り

腹を裂き

脚や翼を落とし


刈り取る…彼に向けられる際限なく溢れる殺意を。

しかし彼にとってそれは徐々に違うモノへと変化していく……今の彼には最早、ナベリウスの獣など見えていなかった。

空は晴れ渡っているのに濡れる地面、濁った川…骸の山、そんなものはどうでもいい…傷が増えようが、飛沫を何度と浴びようが。



見えているもの…聞こえているもの…



ーーー 未熟…


ーーー 弱き者よ


ーーー 半端者め


ーーー 憐れな樹の洞よ



多くの眼差しと声…



「…うるさい、うるさいよ!言われなくったってさ、わかってるんだって!」



自分を守りたかった。



ーーー 何度、言えばわかるんだ!?


ーーー こんな事も満足にできないか…


ーーー 役に立たない検体だな


ーーー 思考性に難アリか、これでは理想値には程遠い……



消えない過去を否定したかった。



「喧しい!わかってる、わかってるんだ!言われなくても、そんなことはぁああああ!」



大切な人達から…



ーーー そんなものなのね…あなたって


ーーー 見損なったよ、お前にはね


ーーー そんな程度じゃ…誰も助からないよ


ーーー やっぱり、弱いんですね…



失望されたくなかった。



「うるせえええ!弱くなんかない!死なせない!誰一人!だから…一人でだってやれる、やれるんだ…俺だってぇええ!」



証明してみせなければ、でなければ…



「敗けられない、死んでたまるかあああ!」


大口を開けて噛み付きに掛かるファングバンシー…その顎を落とさんと横凪ぎに振るわれた小太刀が牙に触れた瞬間、遂に砕けた。


「…あ」


グジュリ…


左腕は肩口から噛み潰され、動きが止まった彼に獣達が一斉に群がる。



ーーー ほら……また、死んだ



獣達のくぐもった鳴き声と咀嚼する音だけが、しばらく響いた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



獣達が立ち去った後、彼は辛うじて命を繋いでいた…ヒトの形はほぼ留めていないが、彼はまだ生きていた。


「…う、が…あ、あ…まだ、やれ……ま、だ、おわって、ない」


【終わりだよ、キミは。流石にそこまで身体を損壊されてはねぇ…薬は使いきったのだろう?その薬の予備はもうなくてね…手の施しようがない…残念だよ。しかし、後は彼が引き継ぐさ…君はもう、おやすみ】


彼の網膜には、したり顔で笑う男性が写る。



ーーー record system to date and create a new object …



「ッ!?いや、だ……きえたく…ない、まだ…あのひと…との、やく…そく」


【うん…わかっている、わかっているとも。その想いも無念も、全部持ってくさ…何も心配することはない】


通信越しに聞こえる機械音声に何かを悟ったのか、欠損した顔が歪む。


「や、めろ…かえせ、かえして…くれよ。それは…おれの、おれだけの…あぁ…ぐがあΚΛΕΥΦΝδτ!!」


なけなしの力を振り絞って出した声ならざる声…それに呼応するように、欠損した部位が再生し始める。

喰い千切られ、踏み潰された彼の身体のあちこちから血を噴き出し、ゆっくりと形を成していく。


周囲に積まれた骸の山を取り込みながら、彼はまだ生きようとしていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「おや、これはこれは…んっふふ、君はやはり興味深い、とても面白い存在だね。まだそんな力が残って……そうか、そういうことか。はっははは、本当に君は楽しませてくれる!

人の想いはかくも美しき、かな」


椅子に深く座り、モニターに写る光景を愉しげに笑いながら脚を組み見詰める男性。その傍らにそびえる水槽…培養槽の中で長髪を揺らしながら静かに佇む男性に振り向き問い掛ける。


「君もそうは思わないかい…【0ーVenom】…ふふ、あっははは!」


「……。」


妖しく光を放つ培養槽のガラスに手を触れながら男性はくつくつと笑い続ける。


【ズルい…なんで、オマエ…おれ、ガ…あぁ、きエル、みンナが…オレが、キエル…あのヒトガ…あの、ひと?だれ…おれは、ナンダ…ない、なくな、る…イヤダ…タス、ケ…】


「あぁ、これではキメラだ…可哀想に、そんな姿で君は何処へ帰るのかな」


にこやかな笑みを張り付けたまま、片手を宙に掲げ…


「やれ……要済みだ、おやすみ」



ーーー complete and system reboot …



振り下ろした。


【◆●<#¬ΚΛΕδΝБИНЁτχξ!?】


異形の化物とかした麗舞の周囲に突然、転移してきた全身が黒で統一された集団が現れ…襲い掛かった。


「ふむ、【感情】を持たせなければ戦闘力にここまでの差が…しかし」


そこで映像を観るのを止め、もう一度培養槽に目を向ける。


「なぜ、君はそうまでして感情を求める。強くなりたかったのではなかったのかい、あの時…私の手を取った時に」


心底、理解に苦しむ…そう言いたげに眉を寄せ睨み付けた。

それも一瞬に消え、いつもの余裕気な表情に戻る。


「まぁ、構わないさ。君が何を思おうと、何を望もうと…僕の手の内、さ。精々、僕の為に躍り狂うと良い…」


【…対象の殲滅を確認。これより封鎖区域内の原生生物の駆逐に移行】


「検体の体組織サンプルを採取し私の所へ。後はいつも通り処理しろ、もう必要ない。1時間で全て終わらせたまえよ【スイーパー】クン」


【…了解】


スイーパーと呼ばれた黒の人物との通信を終えると、彼は側に浮かんだパネルを操作し培養槽に満ちた液体を除去した。


「…さて、目覚めの時間だ。今度はあまり勝手をしないで欲しいものだ…今回の実験は予定には無かったのだからね。しかし、良いモノが観れたよ…」


ガラスの隔壁が床へ収納され、男性が目を開ける。


「やぁ、おはよう麗舞クン…気分は、如何かな」


虚ろな瞳に光が徐々に宿り…


「…気持ち悪い」


静かに吐き捨てた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



キャンプシップ格納庫に見覚えのある一隻が係留されるのを搭乗ゲートで目にした彼女は、目当ての人物が降りてくるのを待っていた。


「お帰りなさい!結構、長かったですね、大丈夫でした、か?」


ゲートをくぐり出てきた彼の側まで駆け寄り出迎える、しかし彼女の表情は少し浮かない。


「どうしたの。なんか変…かな?」


一瞬、表情を曇らせるが何食わぬ顔で笑顔を作って答える、目の前の女性がよく知る顔だ。


「え、変という訳じゃ…なんていうか、さっきと雰囲気が違うような、気のせいですよね!あはは、というか…なんか変な臭いが…」


「あぁ…やっぱり臭う?さっき簡易シャワー浴びたんだけどねぇ。

これね、エネミーにボコスカやられちゃってさー、吹っ飛ばされて気を失っちゃって…気が付いたらドブ川にハマってもう、この有り様「大丈夫なんですか!?」…ほら、この通りピンピンしてるよ」


くわっと、彼に飛び付き何処にも異常がないか確かめる。


「だから、一緒に行きますって言ったのに…あぁ、こんなにボロボロなって。でも良かったです、ボロボロなのがコンバットスーツだけで。あまり一人で無茶しないでくださいね?」


「平気だってば♪この位なんとも…いや、ありがとう心配してくれて」


「…はい♪」


「それじゃあ…そろそろ行くね」


素っ気なく踵を返し、立ち去ろうとする麗舞を咄嗟に腕を絡ませることで、それを阻止する。


「え、何処に行くんです?この後は私との約束……」


「…ごめんね、誘っといて申し訳無いんだけど「やぁ、遅かったじゃないか…待っていたよ」……アンタ」


二人の間に割って入る白衣を来た人物…


「君にしては随分と手こずったみたいじゃないか…心配したよ、麗舞クン。おや、そちらのお嬢さんは」


ゆっくりと二人に歩み寄り、女性に目を向ける。


「…ど、どうも」


不安げに麗舞の後ろへ隠れながら会釈を返す。


「なかなかの、美人じゃあないか…君も隅に置けないね。始めまして、僕はしがない研究員……そう、ジョン・ドゥだ。気軽にジョンとでも呼んでくれたまえ。あぁ、自己紹介は結構…僕は覚えるのが些か苦手でね。

僕の研究に、彼は協力してもらっているのさ、この後もそれに付き合って貰わねばならいのだよ…済まないね、お嬢さん」


「そう、なんですか……わかりました」


「ごめんなさい…この埋め合わせは必ずするからさ」


「話は決まったようだね…では、行こうか」


おずおずと離れる女性に麗舞は申し訳なく笑うと、ジョンと共に研究フロアへ続くゲートへ歩き始めた。

暫くその背を見送っていたが、何かを思い出したのか急に呼び止め腰に提げたポーチから小さな包みを彼に手渡した。


「あ、待って!はい、これ…この前撮った写真、出来上がったから渡しておきますね」


「…あ、うん!ありがとう!開けてもいいかい?」


「ふふ、どうぞ♪」


「…態々、フレームに入れてくれたんだねぇ」


「良く撮れてるでしょう、ほら良い表情してますよ」


「本当に、良い顔してるね……いいよなぁ、本当に」


「…麗さん?」


「あ、いや…良く撮れてるなぁって、なんかしみじみしちゃったよ!あは、あはは~」


「…まぁ、いいですけど。それじゃ私は行きますね…何度も言いますけど、無茶はダメですよ?」


「あはは……気を付けるよ」


麗舞は去っていく女性の姿を名残惜しげに見詰めていた、同時に彼の心の中を罪悪感で満たされていた。


「ほう、実によく撮れている…前の君はよく笑っていたよ。さて、君はどうなのかな」


「あの人達には手を出すな…俺だけいれば十分だろ」


後ろから覗き込むジョンに苦虫を噛み潰した表情で麗舞は悲願し、それを思案顔でジョンは応える。


「ふぅむ、それは今後の…君の頑張り次第じゃないかな?あぁ、そうだ…これを渡しておこう」


ジョンから手渡されたのは見た目が携帯式のドリンクパック、それを訝しげに見詰めているとジョンは更に言葉を続けた。


「君が待ち望んだ物だよ、それは。君の血中ナノマシンの含有バランス配列を元にした研究がやっと巧くいってね。注射は…さぞ痛かった、だろう?」


「ッ!?」


その言葉に目に見えて麗舞の表情が変わり、それをジョンは満足気に何度も頷いてみせた。


「安心したまえ、以前のような再生中の激痛も無ければ…時間も掛からない、たちどころに元通りさ。ナノマシンは役目が終われば体外に排出される、至って安全な物だよ。

これも多くの君達の努力…その賜物さ。これでアークスの損耗増大に歯止めが掛かる。

君の大事な…あぁ、なんと言ったかな彼女は…名前を聞くのを忘れていた、僕は興味の無いモノには疎くてね、ふふ。歓びたまえ、これがあれば彼女も簡単には死にはしないだろうさ…もっとも彼女ほどの実力があれば、必要の無い代物かもしれないがね」


「なんで……もっと早く、なんでさ」


俯き震えながら絞り出した声に怒りが滲んでいく。どうして今なんだと、どうしてあの時に渡さなかったのだと。


「あれは君の…前の君の独断じゃあないか、無茶を言わないでくれるかい?それに…短期間に何度もあの試作薬を使えばどうなるか、知らないわけではあるまい。器はもう限界だった、助かりはしなかったさ」


「……そう」


呆れを含ませたジョンの言葉に、短く応えるしかできなかった。


「ま、それは君が一番必要かもしれないね…ふふ。ああ、数の心配はしなくていい…来月には全アークスに一定量を配備する、必要とあらば格安でどんな低ランククラスでも購入も可能になる。これで君も無駄に器を消費せずに済む」


「…。」


俯いたまま何も返さない麗舞に溜め息を溢し、ジョンは話は終わったと言わんばかりに背を向けて歩き始めた。


「暫くの間、僕からの実験もオーダーもしない。折角、手に入れた時間だ…精々、ボロを出さぬ様に励みたまえ、ふふ。そうだ、後でスイーパーから彼の武器を回収するのを忘れないように…無いと困るだろう?…ではね」


去っていくジョンの背中を睨み付けながら、固く握り締められた麗舞の拳からは血が滲んでいた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「…手入れ終わり、お疲れ様…これで君等もお役御免だ。ごめんね、完全に直してあげられなくてさ…ゆっくり休むと良いよ」


半ばから砕けた刀身を新品の鞘に納め、手入れを終えた残りの小太刀達を上質な布に包み紐で縛る。壁際の棚、ガラスの扉を開け、一振りずつ安置した。

傍らに貰ったフォトフレームを添えて。


「良い顔してるってさ……良かったじゃないの、あんなコに心配してもらえるとか大した奴じゃないか、紛れもなくキミの頑張りさ、この表情も…この武器達も」


胸に手を当て言葉を続ける。


「この感情も向けられる眼差しも…君だけのもだ、良かったね」


薄く笑って扉を閉め、周りを見渡しながらぼやいた。


「それにしたって、みんな各々、良い顔しちゃってさ…良いもの持ってるじゃないの。

あーぁ、また忘れられないモノが増えちゃったよ。参ったねぇ…ホントに、これじゃ節操無しみたいじゃないか」


胸ポケットから煙草を1本取りだし火をつける、最初の一口を一気に吸い込み肺に送り…むせる。


「あぁ…やっぱ最初がキツいわ」 


備え付けのソファーにどっかりと座り、虚ろな瞳で天井を見詰める。そこにも楽しげに笑ったり、恥ずかしげにはにかんでいる…他にも様々な自分と同じ顔が見える。


「なんで感情は上書きされずに個々に残っていくのかねぇ…キツいよなぁ、毎回さ」


ゆらゆらと紫煙を燻らせながら、徐々に吸う手つきが慣れていく。


「文句垂れても仕方ないか…今までの記録はっと…あったあった。ボロがでないように、ちゃんと復習して身に付けておかないとね」


立ち上げたメディア端末から延びた細い電気コードの先端を持ち上げ、麗舞は後ろ髪を掻き上げた首に差し込もうとして…また周りを見渡した。


「わかってるって、キミ等の大事なもの…取ったりしないって。精々、バレないように壊さないように頑張るからさ…」


今まで誰もが同じことを言ってきた事を、彼もまた同じように今はいない別の自分達へ向けて呟いた…それを彼自身はこの先もずっと知ることはない。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



数十年後の秋の終わり、市街地の外れにある公園のベンチで彼は寝転がっていた。


「あぁあ、スクールも追い出されちゃったし、手持ちもないし。今日は何をしようかね……何もしたくないし、でも何かしなきゃ…どうしたいんだろうねぇ…ボクはさ」


嫌味なほどに晴れ渡る空に舌を打ちながら、煙草を吹かした。そして合間に必ず溜め息を漏らす癖がついていた。


「非正規アークスなんか辞めて泥棒にでも転職すっかなぁ………はは、無理か」


半ばまで灰が垂れた煙草を指で軽く弾く、燃え尽きた灰が受け皿に張られた水を濁し崩れていく。

残った煙草を一気に吸い込み、肺を満たす…一拍置いて、一気に吐き出す。視界を煙に巻いて吐き捨てた。


「美味しいもの、食べたいよね…一人でもさ」



ーーー いい若いもんが何をバカな事言ってんのよ!シャキッとなさい、シャキッと!



急に頭上に影が射し、声がする。緩慢な動きで首を傾けると銀色の髪を腰まで伸ばした見知らぬ女性が腰に手を当てて立っている…逆光で顔はよくわからない。

身体を起こして向き直ってみれば、そこにはマルーン色のキャスケット帽を目深に被り、大きなブラウンのサングラス…上質な黒皮のコートに身を包んでいた。


「だれ…変質者かな「…ブッ飛ばすわよ」…怖い」


「にしても…死んでるわよ、目が。その肩のマーク…貴方アークスなんでしょ、仕事はどうした「非正規のね、正規より実入りが少なくてねぇ。今は休業中」…あ、そういうことサボリね」


「英気を養うって言って欲しいよね…」


女性の歯に衣着さない物言いに呆れる麗舞…なんか変なのに絡まれたな、顔は良いのに残念だ、口には出さないが。


「今、失礼な事…考えてない?ま、いいわ。それより、貴方…まずまずの顔ね、決めた!手伝いなさい、今日は人手が足りないの、バイト代は弾んであげるから。ほら、起きなさい!」


一人で納得して勝手に話を進める女性が麗舞の腕を掴んで引っ張る、見掛けによらずパワーは有りそうだ。


「止めてよ、やるなんて一言も「美味しいご飯つきよ?」…やる」


暫くの間、真顔で瞬きしていたが堪えきれなくなって笑い出す、目尻に涙を浮かべるほどに。


「笑い過ぎじゃないかな…」


「…だ、だって…ご飯で即答するとは思わなくって…くく、ゴメン、ふふ…おっかしい」


「腹が減ってはなんとやら、なんだよなあ…」


「報酬のオマケでご飯付きなんだけど?まぁ、いいわ…私もお昼まだだし、私が出してあげる!これでも私、結構有名人だし……将来的には」


思いもよらない提案に口からフィルターを落とし呆ける。最後の言葉は聞かなかった事にしておこう…それが懸命だ。


「いや…奢られる理由がないよ、仕事の後でいい、賄い飯で十分だろうに」


「私がそうしたいって思ったの、文句あるわけ?貴方…この世の終わりみたいな顔して、寂しそうに浸ってるからムカついたの♪いいから、さっさと着いてくる!」


そう言うや彼女は麗舞の腕を乱暴に掴んでそのまま繁華街へ続く遊歩道を歩き出した。


「あ、おい!…なんなんだよ、それ」


足取り軽く、けれど堂々と歩く姿は様になっていて不思議と麗舞は目を奪われていた。

ふと、彼女が足を止め前を見据えたまま話し出す。


「一人で食べてもさ…美味しくないじゃない?」


「……そういうもん?」


彼女の言葉に過去の感情がとぐろを巻いて蠢く、それをおくびにも出さず…さも興味無さげに返す。


「そういうもん、よ!」


再び、二人は歩き出した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



夜、二人は昼間に出会った公園に戻って来ていた。背を向ける女性から少し離れ煙草に火をつけた。


「あのさぁ…」


「なによ」


「バイトって、ただの荷物持ちじゃないのさ」


「あら…ご不満だったかしら?何かと役得…だったんじゃないかしらぁ」


振り向き、嫌味を含ませて笑いかける彼女に昼間の出来事を思い出して少し赤くなる。


「十代のくせに背伸びして紐パンはねぇ……ちょっと早いんじゃない?」


「は、はぁ!?ちゃんと違うやつにしたわよ!なによ、もっと大人になれば似合いますー!ほっっんと…デリカシーないのね……ふ、ふふっ」


「…はは、あははは」


冷たい風が笑い合う二人の間を通り抜け、木々達を揺らし枯れ葉がはらはらと落ちる。


「そういえば、まだ名前を聞いてなかったっけ」


「あぁ、そう言えばまだ、お互い知らないままよね…変なの」


口元に手を当てくすりと笑い、ゆっくりと彼の目の前まで近づき…


「ヒミツ…」


穏やかに微笑んだ。


「なんだよそれ…まぁ、いいけどさ」


「いつか有名になったら教えてあげるわ、あの時一緒に過ごしたのはこんなに凄い人だったんだって…感激にうち震えなさい♪」


「へいへい…じゃ、その時を楽しみにしてるよ」


「えぇ、そうしなさい♪」



ーーー 生きてたらね



「え…」


彼女が不意に聞こえた声に気を取られた瞬間、一陣の風が吹き荒ぶ…舞い上がった落葉が視界を多い尽くす、彼を消し去るように。

風が止んだ頃、目を開けると誰もおらず…ベンチ横に据え付けられた灰皿には真新しい吸い殻が僅かに燻っていた。


「…最後まで、変なの」


その日以来、二人がこの場所で出会う事はなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



私室のドアを開け、ソファーに寝転がり脚を投げ出す。胸ポケットから煙草を1本取りだし火をつけ、大きく吹かす。

天井に広がる紫煙を暫く眺めたあと、上着の裏ポケットから縦折りにされた冊子を取りだし表紙を飾る女性を見詰める。


「有名に、なりやがって…さ」




(了)




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