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  • 執筆者の写真麗ちゃん

【√ーB 番外編】緩やかな時間

更新日:2020年5月12日

2話【潮風とキャンデーと舞い散る桜の行方】



遠くから聞こえてくる。


誰かの話し声が。


誰かを呼ぶ声が。


広場の祭壇へ伸びる黒い帯の列は、切れることもなく漂っている。


ゆらり、ゆらりと。



「いつも思うけど、こう盛大で厳かで…うん、粛々とって感じだねぇ。ボクが思ってたのと違うんだけどなぁ…もっとこう、パァー!っと」


「馬鹿者が…こういう行事を明るく賑やかにやる所が何処にあるか」


「明るくは、できませんよ?」


2年前と同じ場所…慰霊碑がある庭園が望める小高い丘に3人で立っている。


「今年は桜が綺麗に咲いて、結構なことですよ。桜の庭園か、今じゃ花見の名所なんだから…様変わりしたよね。2年前に植樹したばっかりなのに、もう立派になっちゃってまぁ…フォトンって何でもアリなんだなぁ」


この丘にも同じ時期に植えられ、今では立派な大木となって満開の花を咲かせている、その幹に触れながら呟いた。


「賑やかで良いことじゃないか、ずっと悲しんだままでは居られんのさ…私達は生き残ったからな、無様は晒せんだろう。それこそ、先に逝った者達へ示しがつかん」


「心を持つ以上、忘れることからは逃れられません。どれだけ必死に覚えていようとしても、時間が経つにつれ、時折、輪郭が解れるんです。でも、縫い直すことも出来ます…この満開の桜達がそうさせてくれます。私の手を引いてくれた両親や、バルーンに乗せてくれたディールさんの姿を」


「フィリアちゃん…」


庭園を見つめながら、物静かに話す姿はまるで、自分自身に言い聞かせるようにも聞こえて、ただ彼女の名前を言うことしかできなかった。


「子供に説教されるとは情けない奴だな…フィリアの方がよっぽど大人じゃないか。恥を知れ、恥を」


「いたぁ!?叩かなくたって…。まぁ、いつまでも寂しいままじゃダメなのも、分かってる。忘れたくないのに、どこかがゆっくりと薄ぼらけて、欠けてくのも分かるし、思い出す切っ掛けをあの桜にするのも…別に、悪いとは思ってないよ。たださ」


そこで言葉を切って、上着のポケットから小瓶を取り出して、優しく握る。


「「…ただ?」」


「なんだかさ、あの桜も周りの都合の良いように無理矢理、咲かされた様な気がしてさ。あの地獄の様な1日がまるで、美談にされたようで…複雑なんだよね、時間が経てばその気持ちも変わるのかもしれなけど。でも、少なくともボクは…あの日を美談になんかしたくない、しちゃいけないんだ」


「麗舞…」

「麗舞さん…」


「…あはは、ごめんね!なんか湿っぽくしちゃったねぇ、今日はそういうの無しにしようって自分で言ったのにさぁ!あ、そうだ!飴ちゃん食べるかい?今日はちゃんと持ってきたからねぇ、美味しいよ♪」


「…律儀な奴だな、お前は。頂こう」


「頂きます」


ポケットから棒つきの丸いキャンデーを二人に手渡した。二人が食べるのを見計らって自分も口に入れる。


「レモンミントか…悪くないな」


「これ…苦いです。私、ちょっと苦手です」


眉間に小さくシワを寄せながら呻くフィリアを横目にヒルダが満足そうに頷く。


「まだまだ、お子様で何よりだな」


「もう!子供扱いしないでください!私だって来年から、正式にアークスなんですよ、立派な大人です」


フィリアはヒルダの言葉が気に障ったようで、彼女に食って掛かるが…それは悪手だ。ヒルダが愉悦だと言わんばかりに、口を弓形にする…こうなるとフィリアにはまだ勝ち目がない。


「ふ、ははは!そうだ、そうだったな!もう来年の今頃には、アチコチ飛び回って、さぞかし大活躍のアークス様だったなぁ?じゃあ、もう一人で眠れる様にしなければな、そうだ…一人部屋を作るか。そうであれば、今の場所は手狭だな…よし、引っ越すぞ」


「え"…」

「は?」


あー、ほら言わんこっちゃない。


「んー、どうした?いつまでも誰かと一緒じゃないと眠れないのは、流石に不味いのではないのかぁ?立派なレディとしては、恥ずかしいのではないのか、んー?」


うわぁ…大人げない、自分より20以上も年下の子にも容赦ない、うわキツぃ。

もう、そんなことするから…ほら、涙目じゃないか。


「それは、その…うぅ、麗舞さぁん」


「ほらほら、よしよし。何もそこまでイジワル言わなくたって、良いのにねぇ?まだ来年だもん、まだそういうのは良いんだもんねー♪」


「……ねー♪」


ボクの後ろに隠れてニコニコしながら同調してる、2年前とは逆の構図になっていて、少し笑ってしまう…本当に、色々と変わっていくものだ。


「チッ。お前は甘やかし過ぎだ、フィリアが子供扱いするなと言ったからだろう……私は悪くない!」


「こらこら、このコの前で舌打ちしないの!マネしたら、どうすんですか?ヒルダさんまで子供っぽいこと言わないでくださいよ…たまには隣で寝ますから、拗ねないでくださいよ」


今度はヒルダが真っ赤になって吠えた。やめてー、ネクタイ引っ張らないで?首絞まるからー、離してー。


「だ、誰が拗ねただ!拗ねとらんわ!「じゃ、現状のままで問題なし、と」…待て!週5で私が隣だ」


いや、そういう話では無くてですね、ヒルダさんや…。


「はい!?多過ぎますよ、大人なんですから遠慮しましょうよ!私が週6で、ヒルダさんは週1です」


おーい、フィリアちゃんも急にどうしちゃったのかなぁ?


「なんだと…いくらなんでも遠慮が無さ過ぎるだろうが、小娘!」


「えぇ、そうです小娘ですもの、子供は遠慮なんかするなって言ったのは、お二人ですよー?私…まだ、か弱いお子様ですから♪」


「言わせておけばぁ、この猫被りめ!」

「なんですかぁ、このムッツリクソザコ恋愛脳!」


「「ぐはぁ!?」」


やめて差し上げて…その言葉は、ボクにも効く。

どこで覚えてきたの、そんな言葉…あ、ボクのせいかな…いや、知らね!


「と、取り合えず…その話は後でゆっくりするとして、祭壇に向かう人も空いてきたし…ボク達もお花を供えに行こうか」


その言葉で二人は佇まいを直し、静かに頷く。

口の中のキャンデーは、いつの間にか砕けて消えていた。


静かな面持ちで、慰霊碑へ続く満開の桜並木の中を歩く。すれ違う人に会釈をしながら、ゆっくりと。2年前とは違う景色に、あの日の記憶を重ねながら。


慰霊碑がある広場は、既に閑散としていたが献花台には沢山の花が供えられていて…多くの人がここで、各々の祈りを捧げて行ったことが伺える。

ボク達3人も献花台に花を供え、手を合わせ黙祷をした。


献花台の横には、戦没者達の名前が刻まれた石碑が、いくつも立てられている…その多さがあの日の悲惨さを物語っている。

そこに刻まれた名前を一人一人、指でなぞりながら確かめていく。


「…そっか。もう、逝っちゃったんだね」


「麗舞、そろそろ…」


「うん、そうだね」


「また、来ましょう」


後ろ髪引かれる思いで、奥の階段を登ると、海が一望できる拓けた場所にでた。真ん中に大きな石碑が立っている。


「稀代のアイドル、ここに眠る、か。お前の要望通りの、一番良いところに彼女は眠っているのだな」


「潮風が心地良いです」


「よく、ここでサボってたら、ディールちゃんに怒られたよ。丁度そこのベンチさ…昔のまんまだ」


備え付けの灰皿の横に腰を下ろして、懐からしわくちゃになった煙草を一本取り出して口にくわえる。


「おい、フィリアの前だぞ…」


「構いませんよ…今日くらいは、ね?」


離れて立つ二人を気にも止めず、この場所から見えるホログラムの景色を見つめ続ける。

景色は色を失うこともないまま、両目に映り込んでくる。


「海に行きたいって、昔…言ってたんだ。人工海洋地区じゃなくて、潮風も波の音も…全部、本物の海に。もしそんな場所があったら、行ってみたいって言ってた。だから、連れていってあげたいんだ」


「去年、発見された惑星ウォパルか」


「去年は、色々とありましたから…行けませんでしたからね。これから、そのウォパルへ?」


「いや、明日からにしようか。色々と準備も要るしね、久々の家族サービスってやつだね♪」


振り向いて、二人に向けて笑いかける。


「「?」」


「さ!そうと決まれば、さっそく準備しなきゃねぇ、思い立ったが吉日ってやつだね!市街地で買い物ついでに、どこかで甘いもの食べて帰ろうか」


「やった!パフェが食べたいです♪」


火を着けないままの煙草を灰皿に捩じ込み、二人の手を取って、来た道を引き返す。


「あ、おい!勝手に決めるな…私にも仕事が「有給、貯まってるんでしょ?ブリギッタちゃんが嘆いてたよ、全然休んでくれないって」…あのお喋りめ」


「本当に昔から変わらないよね、そのワーカー・ホリック気質は。たまには息抜きしましょうよ!」


「貴様は抜きすぎだ…「そりゃ、ヒルダさんが毎夜、優しく」…おっと、うっかり引き金に指が掛かって引いてしまうなぁ、セーフティは外れている、これは幸いだ」


「幸いじゃないよ!?」


こめかみにゴリッと冷たい感触…この2年で既にお馴染みになったやり取り。弾なんて入っていない、形だけの…二人の距離を保つためだけのやり取り。


「…はぁ、二人共イチャつくなら私の居ないところでやってくださいね、少し妬けます」


「「どこが!?」」


地面を伸びる、繋がった影が広場を離れていく。


ーーー また来るよ。


振り返らずに、心の中で呟いた言葉に…返事はもう聞こえなかった。

潮風に舞い上がった花弁達は、遠くの海に向かって流されていった。




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