5話【壊れた実験体と玩具】
オルグブランの腕や脚は、半ばから折れたり千切れ、だらりと垂れ下がり、傷口から新たな腕や脚が生えようとしている…しかし、単なる再生ではなかった。
「アレは、別の海王種の腕が生えかけてるのか?……そっか、ココはそういう所だったのかい」
【どういうことだ、何が起きてる!?あれは環境変異種ではないのか、どうなんだ!】
激しく捲り立てるヒルダを余所に、麗舞は腰のポーチからショートタイプの煙草を1本取り出し火をつける…ゆっくり初めの一息を肺に満たし一気に吐き出した。
「あれは環境変異種なんかじゃない……通りで事前調査のレポートにも、遭遇報告にも上がらない訳さ。まぁ、厄介ではあるけど…数はそう多くないはずだよ。この一体だけか…或いは、あと一体いるか…だろうね、アイツの変な置き土産が無ければさ」
【どうして、そう言い切れるんです?】
「このコも、実験体《オモチャ》だからさ。この星にはアイツの遊び場があったでしょ?
その生き残り…逃げ出したか放逐されたのかは、わからないけどさ」
オルグブランだったモノは未だ、不気味に鼓動を続ける。
【壊れた玩具……実験体か。ならば、事前調査において奴の実験施設は皆、すべからく破壊されたとあったが……いや待て、それではこの島は!?】
【この島、そのものがルーサーの実験施設…ですか】
ヒルダの後をフィリアが引き継いで答える…いくばか、顔が蒼くなってはいるが耐えているようだ。
「ご名答……事前調査が終わってる筈なのに、マッピングはされていない、それに変なジャミングまで掛かっている…極めつけはコレだ。もう少し早く気付くべきだったよ…全く、ボクも多分に日和が過ぎたかもね」
【麗舞、コレはこの後どうなる?それの対処法も、知っているのだろう?】
その言葉に麗舞は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、肺に満たした煙と一緒に吐き捨てた。
「あぁ…身をもって知ってるよ、嫌ってほどにさ。恐らくコイツは、この星の原生生物との融合実験の成れの果てなんだろうさ…薬物と医療ナノマシンの過剰投与で再生能力を異常に増幅させる。あれだけの砲弾を浴びて死んでいないのが、その証拠だ」
【でも、実際は…再生があまり進んでないような?】
「あくまでも、細胞を異常活性化させて再生能力を増幅させるだけだから…細胞の劣化も極端に早いんだ。単に数ヶ所、傷つけたり骨を折っただけなら、あっという間なんだけどね。
ここまでやると…」
【完全に再生してしまう前に細胞が寿命を迎えて死滅する、と。
ダーカー種とは異なるのだ、何れ限界を迎えて自己崩壊するのなら、このまま放っておくのも手ではあるか…】
「そうだね…ダーカー種じゃなければ、の話だけど」
【それは……おい、嫌な予感しかしないんだが?】
【オルグブランの周囲にダーカー因子増大!?どうして!
あの腕、あの羽根って…アレって、有翼種の!?】
フィリアが悲鳴を上げたのと、同時に肉塊の横たわる地面に血のように赤い、円形の呪詛のような陣が浮かび上がる。
陣からは幾筋もの赤黒い光が肉塊を包み込み、アークス達がよく知る…不気味な繭となった。
【【ベイゼ!?】】
「嫌な予感は当たるもんだねぇ…。コイツはダーカー種に変異する時、ベイゼみたいに周りに生物やそれに類するモノがある限り、すべからく取り込んで…繭の中で何度も変異する!そして、より強靭になって甦るのさ!」
【なんてものを造りだしたんだ…これが、玩具だと!】
【…狂ってます】
「さぁて…チェンジオーバーってヤツだねぇ、面倒なことで」
麗舞は額にかいた汗を滴らせながら、フィルターの根元まで吸いきった煙草を吐き捨てた。
「後はどうしたら良いか、言わなくてもわかるよねぇ!!」
そういうや否や、麗舞は最大までフォトンを収束させたフォトンアーツ…【サテライトカノン】を撃ち込んだ。
【フィリア、機関砲フルオート!それと、そこの105mm砲も使え】
【もうスタンバってます!ターゲットロック、諸々省略で…撃ちます!】
支援攻撃挺に積まれたもう1つの兵器…砲身が折り畳み式の105mm榴弾砲…【フォールディング・ハウィッツァー】が砲身を組み立てた状態で船底から顔を覗かせていた。
フィリアの掛け声と同時に25mmの徹甲弾と105mm榴弾がベイゼ化した繭の外郭部を襲う。徹甲弾が繭に穴を開け中を抉り、榴弾が爆発し更に穴を拡げた後は、飛散した弾体が散弾となって追い討ちをかける。
爆風で繭の破片や、中で変異途中であろうダーカーの血や肉片が弾け飛び、悲鳴のような甲高い鳴き声が響く。
最初に訪れた綺麗な砂浜は見る影もなく、正に地獄絵図さながらの光景が広がっていく。
「痛いよな…もう少し早く、気付いてやれたらな。もう、ソコまでいったら戻れないんだよ…
お前もボクも。でも、ボクはそれでも…まだ生きていたいんだよ、だから…」
悲鳴を上げ、苦しむ姿を…繭を突き破りながら腕や羽根が現れる様を、悲痛な面持ちで呟いた。
ファイヤーアームズのスコープ越しに視たダーカーと化したソレと目が合い…
「…死んでくれ」
頭部と思わしき場所に咲いた華を撃ち抜いて散らした。
刹那、ダーカーを内包していた繭や周囲を覆い込んでいたダーカー因子が四散し、元の物言わぬ肉塊だけが残った。
【繭が消えたか!今だフィリア、遠慮は要らんぞ!】
【了解!】
「浴びせろ!」
【浴びせろ!】
砲弾が尽きるまで砲撃は続けられ、爆炎と砂塵が吹き荒れ、轟音と共にオルグブランは変わり果てた姿のまま惨たらしく処理された。
ここに、朝から始まった終わりの見えない戦いに、漸く終止符が打たれた瞬間であったが…誰一人、喜びの声を上げるものはいなかった。
討伐後、暫くの間、島の周囲を旋回していた船は周囲の警戒をしつつも、麗舞が立ち尽くしていた近くに着陸し、乗っていた二人が彼の元へ近づいてきた。
「我ながら派手にやったものだ。よくやったな、二人共…上出来だ」
疲れを滲ませた笑顔で、そう言うヒルダに二人も似た笑顔を浮かべてサムズアップで応えた。
「さて、問題はこの後の処理なんだが…榴弾では焼却力に欠ける。火炎放射器でも有れば良かったが…生憎と装備がない。
どうせ、奴の島だ…島ごと吹きと飛ばしても問題はなかろうが…」
「あるでしょ、問題が。そもそも島ごと吹き飛ばす装備も無いから無理だし、あってもやらないでよ?」
むうっと思案するヒルダに麗舞が呆れながら釘を刺す、そこにフィリアが言い辛そうに口を挟む。
「あの…このまま放置しておくのは、他の原生生物にどんな悪影響があるか…それに、私が言えた義理ではありませんが、好きであんな風になったわけじゃないと、思います。
どんな形であれ、私達が命を奪った事には変わりありません、だからせめて…私達が命を奪った全て生き物に弔いを」
フィリアはゆっくりと…しかし、はっきりと自分の言葉で想いを口にした。両手は白くなるほど硬く握り締め、涙を堪え、己が振るった力の結果から目を背けることなく、真っ直ぐに二人を見つめた。
「いつの間に、こんな強い子になっちゃったのかなぁ…将来は安泰だね。もう立派なレディじゃないの、あと10年、いやあと8年後が楽しみだねぇ、今から粉掛けておい「ふん!」…っっってぇえ!?」
ヒルダの拳が亜高速でバカの脇腹を抉る。
「あぁ、このバカは後で海水に没するとして…「しないで!?」……まぁ、なんだ。男児、三日会わざるは…なんて言葉があるが、性別は関係無いようだな、ふふ。その心は気高く立派だ…決して失うなよ、フィリア」
各々の言葉でフィリアを誉め、二人は彼女の頭を撫でようと手を伸ばし…ヒルダだけがフィリアの頭を撫で、軽く抱きしめた。その後、しゃがんでフィリアの硬く握り締められた拳を、優しくゆっくりと、ほどいてやるのだった。
その光景を麗舞は数歩下がり、手袋を脱いで伸ばした筈の手を、反対の手で抑え込むように強く握り、寂しげに笑いながら立っていた。
「麗舞、どうしたんだ」
「え、あの…えと、麗さん?」
「あー!そうだね!ちゃんと弔いをしなきゃね!そういうの大事大事、とぉっても大事!
でも亡骸1体ずつやってたら、いつ終わるかわからないから…まとめて一気にやっちゃおうね!
あ、そうそう!フィリアちゃん、持ってきた荷物の中にカタナあったでしょ?悪いんだけど、取ってきてほしいんだ。ついでにボクの手袋も一緒に…汚れちゃったからさー」
訝しげな二人をあからさまに遮り、麗舞は1つの提案を早口で述べ…そして、態とらしくフィリアにカタナと替えの手袋を持ってこさせた。
隠している…二人は確信したが、ソレが、何かはわからない。結局、従うしかないと諦めてフィリアは船へと戻っていった。
彼女の姿が船内に消えると、ヒルダは怒りの形相で麗舞の両肩に掴みかかり、吠えた。
「貴様…さっきのあの態度は何だ、いつも甘やかしているお前が、随分な態度じゃないか?
聞いてるのか、こっちを向け!何とか言ったらどうなんだ、おい!」
両肩を握り潰さんばかりに掴まれ激しく揺さぶられても、麗舞はヒルダから顔を背けたまま彼女のされるがままになっていた。
「痛いって。怒らないでよ…お願いだからさ。
そんなに…怒らないでくれよ」
先程までとは打って変わって、掠れて消え入りそうな声で悲願する彼の姿にヒルダは、ハッとなって両手の力を抜く。
「麗武…お前」
「お待たせしました!持ってきましたよーって…どうしたんですか、二人とも?」
「い、いや…なんでもないんだ、なんでも」
「そーそー、なんでもないよ、強いて言うなら…この後、ヒルダさんにしてもらうご褒美の話、かな♪」
駆け寄ってきたフィリアに話をはぐらかす二人。
切れ長の眉を寄せてフィリアは怪訝そうに見つめる。
「また、そうやって私だけ除け者にして…いい加減にしないと私だって拗ねますよ!もう!
はい、麗さん!カタナと替えの手袋です!」
「ありがとう。ごめんね、手間かけさせちゃってさ…いい子いい子♪」
「…エヘヘ」
「…。」
麗武は押し付けられるように渡されたカタナと手袋を受け取ると、手袋を履き替えて、フィリアの頭をゆっくりと撫でた。
その姿をヒルダは何も言わず、じっと見ていた。
「じゃ、そろそろ始めようか。二人は離れてくれるかな…そうだな、船の側まで離れておいてね」
そう言って、繭があった辺りまで歩きだした。
「…おい、何をする気だ!?戻れ!」
「麗さん、まだ近寄ったら危ないかもしれません!戻って!」
「いいから、言う通りにしろ…」
「「!?」」
普段、彼が彼女らには向けない威圧的な言葉で睨み付け、二人を制止する。
すぐにいつも通りの、苦笑いに戻して言葉を繋ぐ。
「…大丈夫だってば♪すぐに終わるから。暫く、離れていてよ、ちゃんと後で説明するから。
いいかい、何があっても近づいちゃダメだからね?
今だけは言う通りにして、お願いだからさ…」
「わ、わかった…後で説明するんだぞ、いいな!下がるぞ、フィリア」
「はい、ヒルダさん。麗さん、危ないことしないでくださいね!」
そう言いながら離れていく二人を麗武は眺めながら、二人には聞こえない声で呟いた。
「…怒られるだけで、済めば良いんだけどな」
二人が十分に離れたのを確認して、鞘からカタナを抜き、足元に鞘を置いて正眼に構えた。目を瞑り、体内のフォトンを刀身に纏わせ刃が鈍く光りだす。
次第に体内から溢れだしたフォトンが、麗武の全身を覆いつくす…その光景を固唾を飲んで見守る二人。
「一体、なにをする気なんだ」
「とても、嫌な予感がします。麗さん…」
カタナを握り締めた手が震え、汗が吹き出るのも構わずに、麗武は自身のフォトンをカタナの許容量限界まで刀身に纏わせる。
「……まだ、あと…少し。暴発しないでくれよ…ゆっくり、ゆっくり…」
眉間にシワを寄せ、歯を食い縛り、意識が飛びそうになるのをギリギリで堪え、その時を待った。
刀身は眩いばかりに光を放ち、今にも溜め込んだフォトンが暴発しそうになっている。
噛み締めた奥歯が砕けるのと同時に、ついに耐えきれなくなった刀身に亀裂が走った…次の瞬間。
「はぁああ!」
麗武は目を見開いて、正眼に構えたカタナを逆手に持ち替え、その切っ先を…
「な!?」
「え?」
自分の胸に、深く突き刺した。
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