4話【渚の追いかけっこ】
やっとの思いでダーカー有翼種と海王種の無限涌きから解放されたかと思いきや…
「今度は渚でキャッキャウフフの追いかけっこかよ!?絵面が酷いんだよなぁ!」
「グルル…ギャオオオ!!」
突如、海から現れた大型海王種…【オルグブラン】と遭遇戦に突入した。
背中には大きな1対の突起、尾は長く先端は、まるで魚類を彷彿させるような形をしている。ここまでは、アークスのデータベースと合致するが、細部は異なっており身体全体に大小様々な刺が生えている。
「なんか、根魚みたいだね…これが環境変異種って奴かねぇ。それに、身体に模様みないなのがある…どっかで見た事があるような?」
襲いかかるオルグブランの身体には、白の模様なものが走っており、その模様に見覚えを感じる麗舞だったが思い出すには状況がそれを許さなかった。
「それよりもだ、あんなのに捕まれたら…擦り卸されそう、うぅわ…寒気した!」
環境変異種…その星に生息する原生生物から、一定の割合で発生する特殊個体である。
捕食した生物や住んでいる場所の環境によって発生する要因は様々で、詳細は不明であるが多くの種はその生息環境に、より適応した種である…というのが研究者たちの見解である。
「見せてもらった事前調査のレポートの中に、こんなヤツがいるなんて…書いてなかったけどなぁ!…あっぶな!?砂浜を荒らすなってば!渚でキャッキャウフフ出来なくなるだろうが!」
【調査した時は遭遇しなかったんだろうさ…だが、それ以降に遭遇したという報告も上がったなんて話も聞いていないな、偶然だと思うか?】
「さぁね!…そんなことより、いつになったら飛べるのさ!?こっち結構、しんどいんだけど!…うわっと!岩投げるのはザウーダンだけにしてほしいよっ、と!」
大きな体躯に見合わず、動きはしなやかで麗舞を潰さんと跳び掛かったり、砂浜に埋もれた大岩を投げつけたりと、怪力も俊敏さも持ち得ている。
これまで長期戦を強いられていた麗舞にとって、時間の経過は不利でしかなかった。
「とにかく、船からもっと引き離さないと…あっちに岩なんか投げられたら目も当てられない。下手に致命傷を負わせて、後で大暴れされても…一人で対処できるかどうか。
思い出させてくれるねぇ…【何がだ?】…えぇ、忘れた?訓練校のサバイバル実習!」
オルグブランの苛烈な攻撃を、不格好に跳んでは避け、跳ねては転がりながら避け続け、相手を注意を剃らさないように時折、愛銃ファイヤーアームズで攻撃を撃ち込む。
【…アレか。アレよりかは、まだマシだろう、怪我をした足手纏いがいないのだから…「そうじゃないよ」…どういうことだ?】
「守るものがあるってのは…おっとぉ…結構しんどいんだけど…うわぁ!?【大丈夫か!?】…へへ、大丈夫よ大丈夫!
こういうの結構しんどいんだけどさ…守りたいものが、ある方がさ…」
息を切らし砂に足を取られて転びそうになっても、その勢いを殺さず…背中と脚を使い、バネが弾むように受け身を取って、次の攻撃と回避に繋げる。
ファイヤーアームズを掲げスコープを覗き…
「割りと、頑張れるよ…たぶんね!」
言い終わると同時に麗舞は引き金を引いた。
【そこは言い切ってほしい所だが、まぁいいさ…それがお前だ。麗舞、もう少しだけ我慢してくれ…そろそろ主機が暖まる!後3分だけで良い!】
「あいよー、任されてー!でも早くねぇ、あんまり余裕無いんだ…喉乾いちゃってさ!ペッペッ!」
汗で身体に貼り付いた砂を落とす余裕すらなく、口に入った砂の不快感を僅かに残った唾液と一緒に吐き出した。
【心配するな、後でしこたま飲ませてやるさ「口移しがいいなー」……考えてやらんでもない】
「え、なんだって?えー、なになにぃ?わんもあ、ぷりーず♪」
【貴様には海水で十分だと言ったんだ!】
「言ってないよね!それ死ぬから!?」
【イチャついている所、非情に、ひっじょうに…遺憾ですが、いつでも飛べます、オールオッケーです。早く飛んでください】
二人だけの世界を作り出したところで、冷えきった声が早口で割り込んできた。
【ア、ハイ。麗舞、今いくぞ?】
「ア、ハイ…待ってます。早かったですね!わーい、麗ちゃん感激ー。フィリアちゃん…あの、ありがとね?」
【私だって船の操縦くらい出来ますしー。ボケーっと後ろで座ってるだけじゃないんですー、私だって頑張ってるんですけどねー?】
口をすぼませ、ぷくっと頬を膨らませ、如何にも怒ってますと言いたげなフィリアの顔が麗舞の網膜に写し出される。それをいつもの苦笑いで嗜める麗舞だった。
「ごめんごめん…そうだね、フィリアちゃんだって頑張ってるもんね。ありがとう…助かるよ、本当に。帰ったらパフェ食べに行こうか、特大のヤツ!」
パフェと聞いた瞬間、彼女の顔が綻ぶ。
【やった!約束ですからね!?そうだ、二人で行きましょう♪】
【ダメだ、私も行く。私も頑張ってる】
空かさず今度はヒルダが割り込む…勿論、冷えきった声で。
【なんでですか!良いじゃないですか、別に!減るもんじゃないでしょ!?】
【減る!私の気分が減る!】
【子供みたいな駄々捏ねないでくださいよ!?嫉妬するにも、もうちょっと可愛く出来ないんですか!?】
【よし、わかった小娘。親子会議だ、ソコに直れぇ!】
【上等ですよ!その行き遅れた性根、叩き直してあげますから!】
麗舞の両方の網膜を通して睨み合う二人…この間にも彼は、オルグブランの相手をしていることは忘れてはいけないのだ。
「そんなこと、どうだっていいから!【【良くない!】】…パフェでもなんでも言うこと聞くから早く!もう無理!ヘルプ!?助けて、死んじゃうから!?」
【聞きました?】
【あぁ、聞いたとも…言質は取った。さぁどうしてくれようか♪
あぁ…そうだ、麗舞よ】
「もう、なんですか!?」
半ばヤケクソになりながら返事を返す麗舞、汗に混じって涙も見えるが…まぁ、大丈夫だろう。
【待たせたな…後は、任せろ!】
【ドカーンっといっちゃいますよ!麗さん下がって!】
気付けば船が不時着した場所に支援攻撃艇の姿はなく、空に爆音を響かせた鋼の機体がオルグブランの周りを旋回していた。
「もう3分経ったわけ?」
【正確には2分と18秒だ、退屈しなかったか?】
【ちゃんと、やることはやってますから♪】
「お早いお着きで…流石だねぇ」
【私は出来る女だからな♪】
【レディですから、子供じゃありません♪】
「頼もしい限りで言うことないよねぇ!で、ボクは下がるだけで良いのかい」
【これからフィリアが砲撃を行う、お前はアイツの動きを止めろ…出来るな?】
「チクショウ、やらいでかぁ!」
ファイヤーアームズの重いレバーを引き、ボルトアクションでフォトンをチャージする…銃口に光が収束していく。
嫌になるほど見慣れたオルグブランの跳び掛かりを華麗に…とは言い難い、寧ろダイブロールとも言えない程に鈍重な動きで、攻撃を辛くも回避する。
受け身も取れずに砂の上を転がるが、銃口だけは狙い済ましたまま、スコープごしに右膝を狙う。
攻撃をかわされたオルグブランは、両腕が砂に深く突き刺さったのか抜け出せずに、もがいている…その好機を麗舞は逃さなかった。
「その膝、貰うよ」
貫通力に特化したフォトン・アーツ…【シャープシューター】を撃ち出し、オルグブランの右膝を貫いた。再度、フォトンをチャージして狙い定める。
今度は、膝を庇うように倒れ伏したオルグブランの左肩を撃ち抜き、立ち上がれなくさせる。
「ついでだ、コレも持っていきなよ!」
懐からフラッシュボムを2つ取り出して、投げつけると同時に腕で目を隠す。軽い爆発音の後、閃光がオルグブランの視界を奪い更に追い討ちをかける。
「後、よろしく!」
もがき苦しむオルグブランを気にも留めず、麗舞は少し離れた場所に出来た岩影に身を潜めた。
【上出来だ!フィリア、撃て!】
【了解、これより30秒間の射撃を行います。ターゲットロック…射撃開始!】
支援攻撃挺の上部に据付けられた25mm単装式機関砲が、4回ずつ小刻みに火を吹く…打ち出された徹甲弾がオルグブランの固い表皮を貫き、中を抉る。
「グギィェアアアアア!?!?」
降り注ぐ砲弾から逃れようと、砂塵を巻き上げながら激しくのた打ち回る。やがてオルグブランの周囲が舞い上がった砂塵で見えなくなるが、それでも砲弾の雨は止まない。
きっかり30秒間の射撃を終えた頃には、激しく動き回っていたオルグブランも大人しくなり、鳴き声も弱々しいものになっていた。
しかし、まだ息はある。
「あれだけ徹甲弾で撃ち抜いても、まだ…タフだねぇ」
【麗舞、油断するな…フィリア、砲身の冷却は後どれくらいだ?【残り38秒です】…砂煙が晴れたら撃て】
【了解!】
風で砂塵が流され、そこには傷つき満身創痍のオルグブランがいる…はずであった。
「これは…」
【…醜悪、だな】
【き、気持ち悪い、です…】
「ッ!?…ホントにね。もうオルグブランじゃない、こんなの」
二人の言葉に麗舞は顔を強張らせた。
彼らが目にしたのは最早、オルグブランとは呼び難く…ゆるゆると蠢いては、全体で鼓動を打つ、醜悪な肉塊だった。
「ホント、醜いったらないね……キモチワルイ」
引きつった笑みで、麗武は吐き捨てた。
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