1話【バカとパフェと千年の恋】
「いつもの、頂戴よ」
休憩時間に入ったらしい彼女は、ドリンクカウンターに背中を預け、気だるげにカジノロビーを眺めた。周囲をさ迷うように見渡した後も、此方を見ようともせずに、短く注文をしてきた。
「あいよ、今日は…ストローいる?」
「…いる」
珍しく口数が少ない同僚に、軽い溜め息をつき注文の品を作る。
冷蔵庫から作り置きのカフェオレを取りだし、氷が入ったカップに「あ、氷抜きねー」…氷を抜いてカップに注ぐ、同時にミルクポーションとガムシロップを3つずつ入れて混ぜる。蓋をしてストローを挿して手渡す。
「ほれ、極甘カフェオレ氷抜き」
「ありがと。……ねぇ、家族ってさ、どんなのかな」
受け取ったカフェオレを一口だけ短く吸い、やっと此方を振り向いたかと思えば、ボクの意識外からの変化球を緩く投げつけてきた。ぼんやりとした眼差しを向ける彼女を一瞬だけ見失いそうになるも、いつも調子で投げ返した。
「…いや、どうしたのさ、急に。あぁ、さては結婚願望でも芽生えちゃった?…わかった!好きな人でも出来たんだろう」
「んー、まぁねぇ……「え、マジ?」…はぁ!?違う違う!そうじゃな…くもないけど!違うんだってば、バカじゃないかな!もう…アレよアレ!」
ストローの端を噛み潰しながら、肯定とも取れる生返事をしたかと思えば…普段よく目にする彼女に戻る。バカは言い過ぎなんじゃないかな、というか…そんなにバタバタしたらカフェオレ溢すよ。
「そうじゃなくて!アレよ、彼処でスペーディアちゃんが、風船を渡してる親子連れよ!」
彼女が指をさした方向にいる、親子連れと彼女を交互に見て、ある結論に辿り着いてしまった。
「あー、確か…さっきのイベントで、君がアークマバルーンに乗せた子じゃないか。あの親子連れと……ねぇ、流石に不倫は応援しかねるよ?」
「……握り潰して良いからしら。私さ、握り潰しても許されるよね」
「オッケー、ストップだよ。ボクの誤解が解けた所で一旦、落ち着こうか?ねぇねぇ、痛いよ?…ホントに痛いからね!?顔がクラッシュゼリーになっちゃう!」
どうやら幸いにも間違っていた様だ…それでもアイアンクローはやり過ぎじゃないかな。
怒る彼女を宥めながら、冷蔵庫からカジノリリーパの顔を模したサンデーを取り出して事なきを得た。尚、カフェオレとサンデーの代金は自分の給料から差し引かれる模様…円滑な人間関係、プライスレス。
「ホントにねぇ、そういうところだよ!麗舞クンはね、そういうところが全ッ然!ダメ!なんにも分かってないんだから…甘いもの出しときゃ何とかなるって思ってるでしょ?ならないんだからね!…食べるけど」
「でも食べるんだ…「それとコレとは別なの!別腹よ、ベツバラ!」…左様で。それで、あの親子連れ見てたら自分もいつかは…なんて思っちゃった訳?」
「そう。バルーンに乗せてる時もね、下で手を振ってるご両親に向かって、一生懸命に手を振り返してるの!もう可愛くって可愛くって…はぁ、私もあんな子が欲しいなぁって。ほら、あぁやってさ、お父さんとお母さんの間で手を繋いで歩いてるの…なんだか、良いなって思っちゃった」
楽しげに、羨ましそうに語り終えると、またストローの端を噛み潰しながらカフェオレを吸う。飲み干しても尚、ストローは噛んだまま。
「成りたいな…いつか、私もあんな風に、さ」
照れ臭そうに、はにかんでいる。返す答えは決まっている。
「いつかは成れるんじゃないかい、君を本当に大事にしてくれる人が現れて…その人と想いが通じ合って、互いを大事にし合えたなら、願いは形になるかもね…めいびー?」
付け合わせのウィンクも忘れずに…これは決まっただろう、優勝ものだろう間違いなく。
「……これだもんねええええ」
あれ、違うの?何その盛大な溜め息…何その怨めしそうな目、やめてほしいかな。これは無実では?
「え?え?」
「あー!もういい!ブラックニャック・5カード・スペシャル・ラッピーフィーバー・ジャンボパフェ!奢りなさい、出しなさい……もう私は食べるんだから、止めないでよね!あと、カフェオレもおかわり!」
カジノのアイドルは無理難題を仰る…やめて頂きたい、切実に。
「あ、それ要予約パフェでお値段が、ですね…お嬢さま?」
「材料あるでしょ、給料1ヶ月分でお釣りがくるでしょ?早く作りなさい。今、作りなさい!」
「待って!?お釣りが来ても、小銭しか残らないじゃないか!「…文句あるの?」あるに決まってるよね!」
「へぇ…そう、あるんだ?」
「あるよ!今月は皆勤手当も付いて満額支給なの!久し振りに美味しいもの食べたいし、気持ち良いことだってしに行きたいの!色々と溜まってるんだから、そんなことされたら堪ったもんじゃな、い……あ、やっべ」
「今、私に潰されて…顔無しになるか玉無しになるか選びなさい」
おかしいな…カウンターを挟んで彼女とは距離があったはず、なんで目の前に一切の光も宿していない濁った瞳が目の前に在るんだろうね?
あ、胸ぐら掴まないで、離してー。
「早速、パフェを御作り致しますディール様」
「うむ、苦しゅうない♪」
この変わり身の早さ…チョロ過ぎチョレギサラダ「1回潰れてみる?」…のーせんきゅー。
「あんなの一人で食べたらお腹壊すよ、知らないよボクは…」
棚の奥から専用の器や材料を取り出して、調理台の上に並べていく、久々に作る物だからマニュアルを引っ張り出して作り方のおさらいを…「別に、少しくらい適当でいいんだよ?お客さんに出す訳じゃないんだからさぁ」…よく言うよ。
「適当にやったら怒るくせに…じゃ、コーンフレークだけね「怒るよ?」…ほらみろ」
「そうじゃないでしょ、ちょっとくらい見た目が悪くても乗せる順番が違っても良いって言いたいの!抜くとこは、抜きなさいって言ってるの…わかってよ、それくらい」
「分かんないよ、そういうの。ちゃんとしたモノ出すんだから良いだろ、別に…」
「そりゃあ、そうなんだけど…」
納得いかない顔しながら、2杯目のカフェオレに口をつけてる…「変なとこは真面目なんだから…疲れないの?」…ボクにどうしろって言うのさ。
「疲れるよ。なんでこんなこと、やってんだろうって思うことあるよ。でも、仕方ないだろ…」
会話しながら、パパッと器にコーンやら生クリーム、ソフトクリームを盛り付けていく、間にカットフルーツも挟むのも忘れずに。イチゴとチョコレートのソースを回しかけて…仕上げにトランプ柄の薄いクッキーを5枚とコイン型のクッキーを7枚、ニャウにラッピー、リリーパの砂糖菓子をちょんと乗せて完成。
「ほれ、お待ちどうさま…残さないでよ?廃棄コストだって、バカにならないんだからさ」
「まっかせなさいって!1回食べてみたかったんだー、コレ!いただきまーす♪…んー!美味しいー」
子供みたいに、はしゃいでパクパク食べていく…え、マジで?無理して食べなくて良いんだけど、なんなら食べるの手伝っても…すげぇ、食べっぷり。
「美味しそうに食べるねぇ…見てるこっちが胸焼けしそうだよ」
「え?美味しいよ!アレもコレも、どれも美味しいんだもん!えへへー、幸せー♪」
「…そりゃ、なによりで。そういうのが見れるし、疲れた甲斐もあるよねぇ…「…ん?何か言った?」…ご満足頂けましたか?」
「うん!」
口の端にクリームくっ付けて…わんぱくだねぇ。
「口の周りにクリームを、そんなにペタペタ貼っつけてるような食べ方してちゃ、千年の恋も冷めるよねぇ…「ふぇ!?どこ、どこ!」…はーい、じっとしてましょーねー」
慌てる彼女の口に付いたクリームを指で掬い取る。
「はい、取れたー」
「…あ、ありがと「ん…今日もクリーム美味いじゃない。上出来~♪」ぁあああ!?なにやってんの!」
「えぇ?クリームの味見だけど?」
流石にあからさま過ぎたか…赤くなっちゃってまぁ、お可愛いことー。
「き、キミは…ホントにねぇ、そういうのなんで、平気でやっちゃうかなぁ」
「いやぁー♪それほどでも「誉めてない」…あれぇ」
「…バーカ」
バカなのは、否定しないけど…平気でやっちゃう程、無頓着でもないんだけどねぇ。
知らないだろうけどね、キミは。
キミはもう、ずっと…知らないままにさせちゃったからさ。
徐々に彼女の声が遠くなっていく、それを返す自分の声も遠くなって…視界の隅が暗くなる、ゆっくりと彼女が暗闇に飲まれていく。
あぁ、もう終わりか…もう少しだけ見ていたかったな。
「ーーー!ーーー!」
はいはい、起きるよ…起きますよー
視界が再び開けると、そこは。
「知ってる天井だ」
ヤニで茶色く変色した天井…自室だ。それに最近、新しく新調した家具類…今、自分が横になってるベッドもそうだ。
なかなかに寝心地の良いキングサイズのベッドだ、3人寝ても余裕だ。
「やっと起きたか、寝坊助め。フィリアはもうとっくに起きて準備しているぞ、お前も早く仕度をしろ。今日は三回忌だぞ…忘れたわけではあるまい」
寝室のドア越しに、黒服に身を包んだヒルダが声をかけてきた。そうか、通りで懐かしい夢を見たと思った。
「そっか…そうだね、忘れてないよ」
窓辺に置かれた小さな小瓶に目をやると、中の白い砂が朝日に照らされてキラリと光っていた。
「家族って、どんなのだろうね…ボクも分からないよ、バカだからさ」
楽しげに此方を見つめる視線から逃れるように、立て掛けてあった写真立てを倒した。
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