時は遡ってプリマヴェーラ邸ガレージ、一眠り終えた今回の元凶…マキナちゃん女史はというと。
「ない!無い無い無い無い!無いよ、どこにもおおおおおおおおお!?」
ガレージの中を引っ掻き回していた。
あまりの騒音に一言注意しにきた犠牲者候補の一人、ヴェルデ・ディ・プリマヴェーラ御愁傷様ちゃんです。
「こらマキナ!少しは静かになさい…って、なにこの惨状…滅茶苦茶じゃない!?」
「ヴェヴェヴェ、ヴェルデ!?」
「はいはい、ヴェルデちゃんですよー。それで……今度は何やらかしたの?」
「…あはは、いやぁ……そう!メガ・トルクレンチ無くしちゃって!あれがないと仕事にならなくてねぇ!
いやぁ、あんなバカデカイのどこに無くちゃうかなぁ!あはは!」
「ふーん…そこの壁に掛かってるの、お探しのモノじゃなくって?」
「…。」
呆れながら詰め寄るヴェルデに必死で笑顔を繕い、この場をやり過ごそうとするマキナ…だいぶ苦しい。
「…あ!ほんと!いやぁ、通りでアチコチひっくり返しても出てこないわけだね、あははー!
…それでは、お片付けがあります故…これにてぇ「待ちなさい」…ぐええ!?」
家主からは逃げられない。
「怪しい…なに隠してるの?」
「…えぇっと、その、ね?」
「歯切れが悪いね、なんなの?また変なモノを作ったは良いけど、どこ行ったか分からなくなった…とかじゃないでしょうね?」
鋭い…その通りです。
「………にぱー♪」
「はぁ…まったく…それで?何作ったのよ」
「あ、あのね…お兄さんのね、昔の実験データからちょっとした、薬をね…あ、勿論危ないヤツじゃないからね!?」
「当たり前よ…危ないモノなんかダメに決まってるわ。それで、どんな薬?」
「…耳貸して?」
「なぁに…ふむふむ、ん?……はああああああ!?
それ、下手したらパニックになるじゃないの!」
「だ、だからこうやって必死で探してるんだよぉ!ヤバいよぉ…」
もう既に持ち去られた後ですけどね…。
「とにかく手分けして探すよ!」
「うん!」
数時間後…
「…あったあああああああ!!」
「見つかったのね!…これ?ただのバニラエッセンスじゃない、ホントにこれなの、探してるモノって」
マキナが持っている小瓶を訝しげに眺めながら問いかけるヴェルデ。
「間違いないよ、この空き瓶に入れたんだから!」
ヴェルデが訝しがるのも無理はない、何故ならば
「…それ、封開いてないよ?」
「ホントだ、それに…私の印がないね。ってことは」
「…違う、よね」
「「はぁ…」」
捜索はまだ終りそうもないようで…。
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市街地の中心部、最大級の広さを誇るショッピングモール…その中にあるカフェのテラスにおいて一人の女性が紅茶を嗜んでいた。
艶やかな濡れ羽のような黒の髪を弄びながら時折、澄んだ紅い瞳を細めては小さな溜め息をこぼしながら…道行く人の視線も気に止めずテーブルの隅に置かれた小さな袋を見つめていた。
「勢いで買っちゃった…。面と向かって渡すには、ちょっと恥ずかしいというか…はぁ。
どうしよ…受け取ってくれるかな」
時刻は既に夕刻を指していたが、人通りは変わらず賑やかだ。
「……さん」
呟いた名前は雑踏に消え、出された紅茶はとっくに覚めていてた。砂糖を入れた筈なのに…口に含んだ紅茶はやけに苦く感じたのだった。
そこへ間延びした声で話しかけてくる人物が…
「あれー、奇遇だねぇ♪私も御一緒しても良いかなー?」
銀色の長い髪を特徴的な二つ括りにした眼鏡の女性…
「ジークリットさん…」
「はろはろー♪」
抱えた沢山の荷物をテーブルの脇に置いて、彼女はにこやかに向かいに腰を下ろした。
「す、凄い荷物ですね…それにもしかしてコレ全部」
「そ、義・理!面倒だよねー毎年毎年さー。まぁ、楽しいから良いんだけど♪お返しは3倍!だかんねー♪
あ、すいません…オレンジペコのホットでー、そっちは?」
「あ、じゃあ…さっきと同じものを」
少しの沈黙の後…
「ん…ねぇねぇ、それってもしかしてさぁ、本命…かなぁ♪」
目を弓の様に細め問いかけるジークリットはテーブルの上に両肘を置いて手を組み、ニタァっと笑みを浮かべた。
「え!?…あはは、違う違う!そういうんじゃないの……感謝の気持ち?」
「…ふーん、怪しい♪」
「むぅ…知りません!」
「あはは、ごめんごめん♪まぁ、誰に渡すのか知んないけど…喜ぶんじゃないかなー」
「だと、嬉しいかな…エヘヘ」
「…ブラックにしときゃ良かったかなー」
軽く苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ小声で呟くジークリットだった、そこへまた歩み寄る人影が二つ…。
「ほぉ…珍しい組合せではないか。お前達も買い物か」
「…うわ、ジークさんだ」
「ちょっと!うわってなによ、
まだ何もしてないでしょ!?」
「前科は消えないんだよ…ジークさん」
「酷い!あの夜はあれだけ求め合ったじゃ「ねーよ」…はい、嘘っぱちですゴメンナサイ」
「…まったく、懲りん奴だなお前も。もう少し女神としての自覚をだな「女神じゃないやい!」…はぁ」
「…あはは、こんにちは。奇遇ですね、ペンテシレイアさんにシスフェリアさん♪お二人も買い物に?」
「そんな所だ…立ち話もなんだ、相席構わないか?」
凛とした雰囲気を纏わせたペンテシレイアと捕食者から身を守る様な威嚇の眼差しを向けるシスフェリア。
「えぇ、どうぞどうぞ♪」
「どーぞー、シスちゃまは私の膝の上ね!さぁさぁ、ハリーハリー!」
「蹴りますよ」
「お前達は一々じゃれねば気が済まんのか…」
「…あはは。まぁまぁ、賑やかで良いじゃないですか♪」
新たに二人がテーブルについてさらに華やぐテラスの一角…道行く人の視線を一気に集めていく。
「…チッ、気に入らん」
「えらくご機嫌斜めじゃん、どしたのー?」
「何かあったんですか、ペンテシレイアさん?」
「…些細な事だ、気にしてくれるな」
仏頂面のペンテシレイアに周りが問いかけるも、彼女は大きな溜め息を一つ吐き黙り混んでしまう…そこへシスフェリアが口を挟む。
「あー、ペンさんとはついさっきバッタリ会ったんだよ…シアター前でさ。遠目で見ても人が飛んでて、何かの催し物かと思ってたらさ…」
「…ほーん?」
「うんうん」
「……チッ」
「集団でナンパしてきた野郎共を吹き飛ばしてたんだよ、この人。」
「ふん!…あの様な軟弱な奴等、死ななかっただけ有り難いと思う事だ。
よもや私に…あの様に軽薄な…虫酸が走るというものだ」
「あー、そういうことねー」
「…あらら、それは。災難でしたね…あはは」
「…気紛れで映画なんぞ観ようとしたのがバカだった、それもこれも…あやつが要らぬ事を言いよって。
会ったら…気が済むまで鍛練だ、必ずだ」
鬱憤を晴らすように出されたアイスコーヒーを一気に煽る彼女は男らしく…むしろそれが似合っていた、バレンタインに何故か貰ってしまうのは…そういうところではいかと。
「ま、まぁまぁ…ペンさんだって、映画自体は中々だったって言ってたじゃないですか。アイツだって悪気があった訳では」
遠慮がちに擁護にまわるシスフェリアに彼女は居心地が悪くなったのか、佇まいを直してまた難しい顔をした。
「まあ、確かに…一理あるか。バカではあるが、悪人という訳ではないしな」
「異議なーし♪」
「そうですね♪」
「まぁ…そうですね」
「…鍛練には引っ張り出すがな!」
「「「(可哀想に…)」」」
唐突に始まった女子会に会話に花が咲き、時間はさらに過ぎていった。物憂げだった彼女の表情も終始、笑顔に変わっていた。
続く
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