ハイドランジア邸の厨房にアルストロメリアはいた、なにやら眉間にシワを寄せてレシピを睨み付けたかと思えばだらしなく顔を歪めたり…かれこれ10分ほど繰り返していた。
「こないなハイカラなモン…私に作れるんかいな。でも、美味しく出来たらヴェルデはん喜んでくれるやろな、そんで今度こそ…ふふ。
あ、アカンアカン!真面目に、丹念にや……エヘヘ」
「…今年も姉貴が壊れちまった?」
「毎度お馴染み…かな」
挙動が明らかにおかしい姉の様子を厨房の入り口の影から覗く妹、アザレア・ハイドランジアと居候のウィスタリア・アムネセージ…二人は毎年の光景に揃って溜め息をこぼすのだった。
「そんで次は生地にバニラエッセンスを適量を、か。確か前の使いさしがあったなぁ…ちょいちょいっと、あら…無くなってしもた。えっと、この間買ったヤツが……あったあった♪」
彼女は買い物袋から取り出した小瓶の蓋を開けて
「…!」
「あら…開いとる?なんや、誰か使ったんやろか…しゃあないやっちゃなぁ。まぁえぇ、これで足りん分を…ちょいちょ、あ゛っ!?」
【ドボボッ】
そんな音を立てて小瓶の中身は全て生地に投入されてしまう…。
「「うわぁ…やっちゃった」」
「あぁああ、どないしょ…こんなに入ったらバニラの香りがえげつな…くない?…あれ、寧ろちょうどいい感じの香り付け、やな…なんで?」
【バニラエッセンスではないからです】
「…なんか聞こえた気するけど、気のせいか♪…オーブンの余熱も調度良いし、焼いてみるか、微妙やったらアイツにでも処理さしたらえぇわ……喜ぶやろ、たぶん……義理や義理!…不味いとか抜かしたら斬ったろ、絶対にや。
さって、焼き上がるまでのんびりお茶でもしよか…♪」
オーブンと会話してるようなシュール様相から一変して入り口の方へ向かって歩き出すアルストロメリアの顔はにこやかだ。
「ヤバい!こっちくるぞ!」
「隠れる、べき」
咄嗟にアザレアとウィスタリアは廊下の物陰に身を隠し彼女をやり過ごした、角を曲がり自室に戻ったであろうと確信した二人は彼女が先程までいたオーブンの所まで歩み寄った。
「あっぶねぇ、危うく見つかるとこだったぜ……どうしたんだ、空き瓶なんか見つめちゃって」
「…何処かで見たことがあると思った。…わかる?」
ウィスタリアから小瓶を受け取り、傾けたりしながら慎重に眺めてると…
「んー?ただのバニラエッセンスの瓶だろ…これのどこが変だってのさ、こんなの何処にでも売って……ゲッ!?」
「……わかった?」
「あぁ……こりゃ食べたらダメなヤツだ。絶対ろくなことにならないヤツな」
「だね…犠牲者は」
「本命のヴェルデさんか、コイツの出来具合で…」
「お兄さん、だね」
握られた小瓶のラベルの隅に小さく丸で囲まれた【マ】の文字が…マキナお手製の物には必ずある印だった。
「どうする…これ」
「面白そうだから放置で(…私達で代わりのを焼く?)」
「本音と建前が逆じゃねぇのさ…面白そうのは間違いないけどさ。だいぶ、良い性格してきたよね…ウィス」
「マキナの事だから命に関わる事はないと思う、そこは間違えないから。それに…私達は善意の第三者、ただ端から楽しめば良いの♪
さ、私達は街に買いにいきましょ…安全で甘くて美味しいものを、ね?」
そう言って厨房を出ていくウィスタリア、それを追い掛けるように続くアザレア…途中で振り返り、オーブンに向かって一言。
「…こういうとき、大体は兄貴が犠牲に…だろうなぁ。面白そうだから…仕方ないよな!
………少し、奮発するか」
誰も居なくなった厨房…オーブンは静かに己の仕事をこなしていった。
続く
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