(2話)暗がりの中の灯り
最終更新: 2018年11月24日
ー 新光歴 230年 某月 ー
ほの暗い部屋の中で、モニターの光だけが男達を不気味に照らしていた。
「計画はスケジュール通り順調に推移しております。来月の初頭には最終フェーズへ移行できるかと…」
「…結構、引き続きスケジュールに沿って進めたまえ。龍とヒトガタは問題無し、か…では、もう一方の計画はどうかね?あまり芳しくない、と僕は耳に挟んでいるが?」
ジロリと切れ長の眼が白衣の男を射抜いた、しかし、白衣の男は平然としていた…寧ろ、自分には非がないと言わんばかりの憮然としたモノだった。
「…申し訳ございません、ルーサー様。担当の者に少々問題が…我々も手を焼いておりまして…しかしながら、計画は順調に「コレがかね?」…は?」
男の言葉を遮りルーサーはモニターの映像を見せた。
そこに映し出されたもの…それは
『ぃぎぁあああああああああああ!……ぎゃあがぁいあああああああああ!!』
『アハハハ!ふむふむ~このナノマシンはそういう効果なんだぁ…へぇ、面白いよ!じゃあじゃあ、そっちのナノマシンを注入すればっと…』
『……カハッ……ッ!?イダイ!いだいいだいだいだい!!あぎぃいいいい!?いだぃよおおおおぇぇッ!!あだまがいだいぃぃ、われるゥウギャァア!!』
首と手足を厳重に拘束され…もがき、泣き叫ぶ少年…らしきモノ。
ソレは最早、ヒトでは無かった…全身からダーカーや原生種らしき身体の一部が蠢きながら生えていた。
『おほぉう♪良い反応するねぇ…もぉっと弄くりまわしてあげるからねぇ…ふふ、ふひひひ!それじゃ、今日最後のナノマシンは…コレだね!』
無邪気にはしゃぐ子供の様な耳障りな女の声…。
机に並べられた注射器を端から順に使用しているようだ、足下には既に使用済みの注射器が何本も散乱していた。
『…あ、いぁあ、ひゅるひへぇ…いたいのは、やらぁ…んぎぃああ!?…あ、あ………がぁああああああああああ!!!』
身体を弓の様に仰け反らせ、激しく痙攣させては拘束から…痛みから…恐怖から逃れようと必死にもがく少年…。
しかし、こと切れたのかピクリとも動かなくなった。
『…あれぇ、あれあれ?どうしたのーモルモット君?…死んじゃった?おっほぉー、アタシの調整下手過ぎぃ?アハハ……あ?』
違和感を感じた女は少年をじっと見つめた。
しばらくして少年の身体全体から生えていた、ダーカーや原生種のパーツが消え始めた…吸い込まれるように、ゆっくりと。
なにより女が驚いたのは…
『…治ってる?さっき潰した腕も引き千切った耳も、あれもこれも全部!治ってるよ!?…あは、アハハハハ!凄いすごよ、モルモット君!傷も大怪我もあっという間にだよ!このナノマシンの組合せと割合を調整すれば…くふふふ、素晴らしいデータが取れましたぁ♪
』
目の前には傷ひとつない、無垢なままの少年が横たわっていたからだった。
女は喜んでいた、自分は天才だと…無邪気な瞳で、笑って…
視界に入ったメスを少年に突き立てていた。
何度も、
何度も、
何度も。
『へぇ…この異常なまでの回復?いや、再生力は……アタシの暇潰しには最適だね!そうだ!この間作ったあの薬…試してみよっかな…あったあった♪』
白衣のポケットを漁り、取り出したのは、またも注射器…それを少年の首筋に突き刺した。
『…くぁっ』
『…おっ、さっそく効果が出たねぇ!へぇ、なかなか可愛いねぇ…これなら満足でしょ、キミ達?』
女に呼ばれ、ぞろぞろと現れる白衣の男達…誰もが皆、下卑た笑みを浮かべていた。
視線の先には…
拘束され一糸纏わぬ
『少女』がいた。
『キミ達の冗談半分で言ってた薬…作ってみたけど…上手くいったみたいだね。性別変換薬、効き目は…試作品だから数時間ってトコだね…好きにしていいよ、結構手荒な事も大丈夫だから!』
『マジっすかー!やべ…かなり可愛いじゃないですか』
『ホントにやっちゃって良いんですか!』
『うわぁ…たまんねぇ、肌スベスベじゃんよ…』
『おい、時間勿体ねぇって!楽しもうぜ…』
餓えたケモノ達の聞くに堪えない言葉の羅列が耳を汚し…ルーサーはモニターを破壊した。
「…これで、順調…だと?部下をまとめるのも所長の仕事だと思うのだがね…?その辺りはどう思って……あぁ、死んだか。まぁ、いい…『龍』も『ヒトガタ』も『新種族』も…どれも一定の成果をみた。ここも、もう必要ない…」
物言わぬ屍となった所長の男を見向きもせず、ルーサーはゆっくりとした足取りで部屋をあとにした…。
振り向き様、暗闇の部屋に向かって
「諸君、よくやった…用済みだ」
一言告げ、消えた。
暗闇にフォトンの残光が妖しく光っていた…。
この年、新たな種族『デューマン』が誕生した。
数年後、研究所は巨大な『龍』により蹂躙され跡形もなく消滅し、『龍』の行方は不明…。
同年、アークス『クーナ』に暴走龍の討伐命令が下された。
ー 新光歴 238年 4月 某日 ー
「なんとまぁ…。改めて読み返すと、こう……酷いよね?」
男にはボキャブラリーが無かった。
軽い溜め息と共に記録書の束を放り投げ、机の上に足を投げ出し…煙草に火を着けた。
「…貴方は何も思わないのですか!?なぜそんな平然としていられるのですか!あんな、あんな…事を…ッ!!」
手近にあったサイドテーブルを殴り付け、怒りの形相を浮かべ俺を睨み付けていた…あーぁ、可愛い顔が台無しだわ。
笑えば可愛いのに…勿体ないねぇ」
「ッ!!貴方という人は、こんな時でもふざけて!貴方だってハドレッドの一部を「ストップ…ダメだよ、クーナちゃん」んぅ!?…麗舞!」
その先を人差し指で塞ぐ。
その先は
「クーナちゃんでも知ってる事がバレたら不味いんだから迂闊に喋っちゃダメだよ?そんな事より「そんな事!?貴方の事がそんな事ですって!?」…そうだよ…てか、その話は何度もしたじゃないのさ。今更だよ…とにかく一番は『ハドレッド』の事が先決でしょ?」
「くっ…わかりました、まずは『ハドレッド』を先に助けましょう。勘違いしないで下さいね、決して貴方が私にとってハドレッドより価値が下な訳ではないことを!努々!お忘れなく!では、また連絡しますので。…失礼します、私の、もう一人の…弟」
そう言い残し、クーナちゃんは消えていった。
「はいはい、わかってるよ…クー姉さん。もちろん『助ける』さ…ハドレッド『だけ』は、ね」
紫煙を燻らせ、ヤニが染み着いた天井を見上げ、独り呟いた。
「てか、せっかくFUNガチャで当てたサイドテーブル壊されたし…殺風景な部屋がさらに…だよ。何にもないな…この部屋も、ボクも」
ふと時計に目を向ければ、時刻は既に深夜をとっくに過ぎていた。
「…まぁた、バイトぶっちぎったね、これは。まぁ…いっか♪」
翌日より数週間、『用心棒兼ディーラー』から『用心棒兼ビラ配り』に降格された……。
「らっしゃーい、カジノいかぁっがスかぁ…楽しっスよー、オネエチャン綺麗だよー。…コイン溶かしてけコノヤロー、ボクは嬉しいなー、あははー♪」
ダルい…。
「あのねぇ…ウチは如何わしいお店でもぼったくりバーでもないんだからね!!なんで!自分とこの!従業員に!営業妨害!されなきゃ!なんないの!かなぁぁ!?」
ディールちゃんは怒ると…つおい、これ豆ね?
ちなみに下の豆はせi…
「また下らない事をォオオ!!」
「いだだだだだだっ!!割れる!割れる割れりゅううう!?」
そんなやり取りをしてるボクたちの間に、人影が…。
「あの…少し、いいかしら?」
濡れ羽の様な黒い艶のある髪をなびかせ、目の前で佇む…一人の女性がいた。
腰元にはよく手入れされた立派なカタナが下がっていた。
「あぁ!?貴女はあの時の!!」
「え、なにディールちゃんの知り合い?そんで、なにかご用意ですかね?出来ればカジノで遊んでって欲しいんだけどねぇ♪」
ニコニコと営業スマイルを貼り付けて笑う…。
さすがに、バレやしないだろうけどね。
「もちろん、そうさせてもらうわ。今夜は貴女に是非、ディーラーをお願いしたい…コインは山程あるの、私が勝てば…貴女が欲しいわ、ディーラーさん♪」
ずいっと、胸元に押し付けられた立派な双丘が、ががが。
少しタレ目でしっとりと艶めきを帯びた瞳が……
全てを見透かされるようで
少し、恐かった。
「?…煙草の匂い。レイさんと同じ…まさか、ね」
「……あ、あのぉ…どうかされましたかねぇ?出来れば、離れて頂きたいんですがねぇ…ボクの命は風前の灯ぃ、なんて。いぃっ!?…あはは」
後で青筋浮かべながら必死で笑ってんだろうな、ディールちゃんは。
振り向かなくても分かる、背中をつねられた痛みで……痛いってば。
「いえ、なんでもないの。
それよりも…私の
『御姉様』
になってください♪」
ボクの頬にそっと手を添え、彼女はそう言ったのだった…。
「「ぱーどぅん?」」
いつもと同じ夜のはずだった
暗闇の中に灯りが見えたような
萎えた心の裾に
確かに火はついた
そんな気がした夜だった…。
【続】
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