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星屑と花冠【第1幕】

  • 執筆者の写真: 麗ちゃん
    麗ちゃん
  • 2019年9月3日
  • 読了時間: 17分

更新日:2020年2月7日

静かな午後の昼下がり、僅かに開いた窓から柔かな風が舞い込み、少しばかり色褪せた前髪が顔をくすぐる。眉間にシワを寄せてゴロリと2、3度寝返りを打つも、普段の寝具ではないからか目を覚ます。


「ん………ここは?」


辺りを見渡せど視界に広がるのは簡素な白い部屋、窓は1つだけで外はカーテンで遮られている。ベッド脇に丸椅子1つと簡素な木製の棚がある。

どれも白で統一されていて、少し薬品の匂いもする…ということは。


「病院か…ここは。船団に帰って、きた?いや、違う…空気が違う。シップの中はもっとクリーン【無機質】な感じだし……ナベリウスの森林に近い、かな。でもナベリウスにこんな施設は無いし……あそこは、そもそも地下にあるしな。

それに艦内放送が聴こえない、市街地のざわめきもない。それに…」


彼の知っている場所とは何処にも合致することはなく、特に違和感を感じさせたのは…


「……人の気配がしない、静かすぎるんだ。どこなんだ、ここは」


入口から目をそらして天井を見上げ呟いた時、音が響いた。


ー チリン ー


「あらら、余所見とは感心しませんね。しかし、まずまず…の感性をお持ちのようですね。成る程、流石は【アークス】…と言ったところでしょうか」


凛とした鈴の音、いきなり氷を首筋に当てられた様なゾクリとする冷たい声。咄嗟に布団を剥がし、声がした方に投げつけてダイブロールで距離を取り部屋の隅へ。


「!?」


本能だけで身体を動かし腰にある相棒【ヤスミノコフ3000R】に手を伸ばすも空を切る…しまった、丸腰だ!と一瞬でも気を逸らした瞬間。


「いけませんね、戦士たるもの常に己の状況は把握しておかなければダメですよ。でなければ…死にます」


ー チリン ー


真後ろから響く音…首筋に触れられた酷く冷たい感触が相手の指だと理解出きた時、彼の中でナニカが弾けた。

瞬時に手を払いのける流れで相手の手首を捻り上げ脚を払い…投げる。

最後は床に叩きつけ顔を蹴り砕くつもりだった。相手の正体なんてどうでもいい、今この不快感から逃れたい…ただそれだけの防衛本能だけが彼を動かしていた。


しかし、相手はしなやかに身体を捻り体勢を変え、床を滑るように彼の脚を払う。掴まれた手首を掴み返して浮き上がった彼を投げた。


床に沈んでいたのは相手ではなく彼の方だった。決着は一瞬の内につき、叩きつけられ咳き込む音だけが響く。そこでやっと彼は気付いた、自分が床に叩きつけられたことを。


「お目が覚めましたか、ご気分はいかがです?どこか痛いところはありますか」


「…えぇ、えぇ。お陰様で…最高で絶好調だよ、クソッタレめ」


視界と意識がボヤけた彼の目の前に佇む一人のメイド姿の小柄な女性、彼にも馴染み深いよく見るあのメイド服だ。

彼女は恭しくスカートの裾を少しつまみ上げ会釈する。


「それはなによりです♪先程の動き…悪くはありませんよ。もっとも【一般人の護身術】程度には、ですけれど。

手を払う要領で手首を捻り上げ、相手の懐へ潜り背負い投げ…そこまでは、及第点ギリギリです、大いにオマケして。

柔術の心得がない者が相手ならば手首を捻るだけで十分です。投げるにしても自分から遠くへ投げ、壁に叩きつければ済みます…貴方、床に叩きつけて頭を砕くつもりでしたよね?確実に殺そうとしていましたね、そこが減点です…ダメダメです」


彼女は人差し指をピッと胸元の辺りで立てて話し続ける、その姿はまるで。


「…シトラス、さん?」


「ふむふむ…たぶん私が知る【シトラス】と貴方が言う【シトラスさん】は同じ人物で相違無いでしょうね…あの娘をご存知で?

残念ながら私はシトラスではありませんよ~。

【同僚】ではありますが、元気にしてますか?ドジったりしていませんか?何もない所で躓いたりしていませんか?変な輩に言い寄られてはいませんか?…あぁ、心配です、今度会いに行きましょう」


なにやら話がどんどん逸れていく気がした彼は先程の話の続きを促す。

どうやら目の前の【メイド】は彼の知り合いの同僚のようだ。彼は起き上がり彼女に向き直った。


「はぁ、貴女がシトラスさんじゃないってのはわかったよ。それで…減点って言う理由って何なんです」


「oh…そうでした。確かに【確実に殺す状況での術】なら問題はありません。貴方の場合、あの時最も必要だったのは…まぁ、今もですけど【相手の情報】です。最初は良かったですけどね…ふふ。

知らない場所へ放り込まれパニックを起こさず騒がず冷静に、視角、嗅覚、聴覚を使い、記憶と照らし合わせながら己が置かれた状況を得ようとしていましたしね、だから【流石はアークス】と。

あの場合、相手を無力化し情報を得ることが最善でしたね~」


「…確かにその通り、でした。情報も何もない自分の状況を得る為には、相手から情報を引き出す事が最優先でした。それに…」


「ん?」


「相手の力量を見定める事と、自分にとって味方…せめて中立であるか、そうでないか。それも見定めた上で動くべきでしたね…気が動転したとはいえ、失礼を。申し訳ありませんでした」


彼は佇まいを直し、腰を折り謝罪した。


「ふむふむ、成る程………あ、失礼を。

いえいえ、お気になさらず。こちらも【ちょっとしたお茶目】で殺気を軽く…ゲフンゲフン!」


一瞬、目を丸くし、どこか納得したような声色で…恐いことを言う。彼が引きつった笑みになるのも無理もないだろう、身の危険を感じ本能だけで動かされる程の相手に【ちょっとしたお茶目】で殺気を向けらたのだから。


「あはは…あれで【ちょっと】ですか」


「ですです」


「まぁ、そうですよね…【本気で殺す】つもりなら後ろに回られた時に首跳んでたでしょうし」


ガックリと肩を落としてこぼす彼に対してさらに追い討ちをかける。


「いえ、違います…違わなくもないですが。【ただ殺す】為だけなら声もかけずに首を跳ねています、もしくは口を塞ぎ喉を掻き切るか、背中から心臓目掛けブスリ…他にも首をコキリと…というか私の場合、【本気で殺す】ならばですね「あ、もう大丈夫ッス」…あら残念」


笑顔で暗殺術を語りだして、もはや気を付けの状態で固まってしまう。彼は思う…翠のお嬢様んとこのメイドにやべぇ人がいたと、シャオに頼まれたリサーチなんて捨てたい、というか帰りたい、と。


「あぁ…ところで、ここは何処の病院なんでしょうか?

それと、ご存知かと思いますが…申し遅れました。アークス船団第3番艦ソーン所属、アークスの麗舞と申します。よろしくお願いします。

この度は無礼を働き、平にご容赦を」


「これはご丁寧に…私、プリマヴェーラ家、専属メイド兼お庭番の……そうですね、【メアリー】とでも御呼びくださいませ。

とある方の命により御迎えに上がりました、麗舞様。


ようこそ、ミェルストーレへ。ここは第8コロニー【カンパーニャ】、静かな田舎町ですよ、その町外れの病院です。

今は【近隣】の人払いをしていますが、普段は当然もっと騒がしいですよ。


麗舞様のお噂はかねがね…。御嬢様からは【色々と世話のかかる人】だと♪

ふふ、今後ともよろしくお願いいたしますね」


彼女は優しく鈴の音を響かせた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



のどかな田園風景を望む、丘の上を延びる道…そこを風を切って進む赤いオープンカー。その助手席に座り左側を流れていく景色を眺めていた。


「風が気持ちいいな…土や草の匂いがする、綺麗な景色だな」


自然にこぼれた言葉に


「でしょう、私もここから見える景色が好きなので…よく使うんですよ、この道。【連絡橋】へ行くなら町中を抜ける方が近道なんですけどね~。

ここを走ってると、なんだか…」


ーーー 自由になれる気がして…


「え?」


今のご時世、珍しい内燃機関式の燃料動力車の下から叩き上げるような音にかき消され、彼女の言葉は最後まで聞こえなかった。


「14:25…ふむふむ、15時のゲート開放時間にはギリギリですかね~、よし♪」


車内に取り付けられた時計を見て、小さく頷くと…彼女は2度、車の心臓部を唸らせると、アクセルペダルを床まで踏み込んだ。

同時に押さえつけらる様な感覚が訪れる。


「うわ!?」


「気分が乗ってきました♪少し飛ばしますよ~。今日なら自己ベスト更新出来そうな気がしますね~、フフフ」


「え?え?あの、ちょっと大丈夫なんですかねぇ!?」


右へ左へ、上下に激しく揺れる車内…フロントガラス越しに景色が流れていく、横向けに。


「大丈夫ですよ~!この前、足周りの!セッティング変えたんです~!アクセルオンで、どアンダー!全然、踏んでいけますから!良い感じですよ、このコ!」


「そうじゃ…なくてぇ!」


声を上げながらも淀みのない操作を繰り返し、道の上を流れていく車。


「…ん?あぁ、大丈夫ですよ!片方の視界が見えにくいですが、感覚でいけますからぁ!」


「はあああ!?」


唐突なカミングアウトと車の振動で色々と揺さぶられ、バウンドする車…浮遊感に包まれる。


「このまま飛べそうなくらい気持ちいいですね!さぁさぁ、踏んでいきますよー!!」


「羽根なんか着いてないんだから飛べるわけ…んぎ!?」


「ここから暫く道が悪いですから、舌噛みますよ…って、遅かったですね~!」


「……むぐぁ」


「ふふ…まぁ、もう少しで着きますから。楽しんでいきましょうね~♪」


心底、楽しそうに言う彼女に半ば諦めの視線を送りながら助手席に深く座り直して、溜め息を


「お、もうすぐ難所のR132コーナーですね~。ここを抜けたらゲートまで目と鼻の先ですよ!

対向車、無し……GO~♪」


つかせてくれなかった。


「……!!」


左から右へ流れていく景色、彼に向かってどんどん迫るガードレールは半ばで途切れている、申し訳程度に置かれた【この先急カーブ】の錆び付いた標識…唸る排気音と、路面を引き裂く様に爪を立てるタイヤの音を響かせて赤いオープンカーは駆け抜けた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


第1幕 スカーレット・レディ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



車は滞りなくコロニーを繋ぐ連絡橋を渡り、ミェルストーレ・セントラルコロニー【カステッロトーレ】その第8階層にある娯楽都市【デザイア】のとある大通り沿いのパーキングに停まった。


「よしよし、無事に着きましたね。

予定より2分縮みましたし、自己ベストも更新…今日は良い日ですね~」


「…それは、なによりで」


助手席にぐったりと、もたれながら恨めしげな視線を送ってはみるが…どこ吹く風だ。


「おや…どうかなさいました?」


「一つ、いいですか」


「どうぞ?」


「…ヘアピンコーナー手前の直線から真横向けて突っ込んでく人がどこにいんですかねえ!?死ぬかと思いましたよ、こっちは!」


きつく締めたシートベルトを外し詰め寄るも


「……んぅ?」


「や、そんな【ここに居ますけど?死ななかったですよね】みたいな顔されてもですね…」


首をコテンと横にもたげて不思議そうな表情を返すだけ。


「oh…。麗舞様」


「な、なんです?」


ずいっと顔を近づけこちらを覗く…翡翠色の瞳、全てを見透かす様な深く澄んだ色をしてる。片方は前髪に隠れて見えなかった。


「貴方……エスパーですね?」


じぃっと見詰めた刹那、彼女は右の人差し指を眼前で立て言い切った。


「…なわけないでしょう、そんな都合よくて不快なモノなんてありませんよ」


「ですよね~」


そう言うと彼女は運転席にもたれ、天井のない車から、ビルに囲まれた歪な空を見上げながら小さく溜め息を溢した。


「…少しは気が紛れましたかね」


「…え?なにが、です?」


聞き返す言葉をそのままに彼女は続ける


「人は自力では飛べません、翼なんか有りませんから…歩いてくしかないんです、自分の脚で。手をどれだけ伸ばしても、遠くにある星には届かないんです。それでも…」


「…メアリーさん?」


「…話過ぎました。待ち合わせの時間までには、まだ余裕がありますし…そこのパン屋さんでご飯を買ってきますね?少しお待ちを」


そのまま車を降りて側のベーカリーへ入っていった。


「…アンタの方がよっぽどエスパーじゃないかなって。不思議な人だな…」


助手席の背もたれを軽く倒し、外の景色を眺める、劇場やカジノ…娯楽にあふれた昼下がりの大通りは行き交う人と車の音が止まない。


点いたり消えたりを繰り返す信号、これでもかとビルの屋上に掲げられた広告。一際、目を引くのが紅い看板…深紅のドレスを身に纏い、散りばめられた赤い花弁に埋もれるように寝そべる銀髪の女性。


【あなたを魅了する、魔性のスカーレット・ルージュ ~ 限定AkNモデル ~】


どうやら化粧品の広告らしい、妖艶に微笑む女性と片隅に口紅のショット…黙って飛び出してきたお詫びの品には丁度いいか…人数分を用意するとなると、結構な額になりそうだ。


「報酬で足りれば良いけど…ん?」


溜め息混じりに歩道側に目を向ければ、ショーウィンドーに展示された二組のパーティドレス。


【公演記念!限定生産デザインドレス!】


【ステラ&ルナ】


【予約受付中!】


ウィンドーにはドレスを囲う様に貼り付けられたステッカーと、そのドレスを着て佇む女性二人の大きな写真が飾られていた。紅いドレスを着ているのは、広告に写っていた【AkN】と呼ばれる女性だろう。相当、人気があるのだろう、そこかしこにある広告に彼女が写っている。


「アイドル…いや、女優かな。にしても、キツそうな性格してそうだなぁ、あれは」


懐にしまった煙草を1本取りだし口にくわえる。


「オープンカーだし…いっか?」


火を着けるのに少し戸惑ったが、気にせずライターの火を煙草に近づけて


「ねぇお兄さん、車出して!早く!!」


車体右後ろが急に沈み込み、メアリーとは違う女性の声がした。


「うぇ!なになに、何なわけよ!?てか、誰よキミ!」


「いいから、早く!追われてるの!やば、もう来た!?」


後ろを覗く視線を辿り、女性から後方に視界を移すと黒いスーツに身を包んだ男女が5人見える…その内の一人が懐に手を入れて取り出したモノ。


「…!?あぁ、もう!クソッタレですよ、こんちきしょうめ!」


運転席に跳び移り、着けっぱなしのキーを回す。機嫌を損なわないように、アクセルペダルを撫でるように煽る。


「…よし、良い子だ。」


叩き上げるような低い音を唸らせ火が入る。


「おや、珍しいですね…私以外にこのコを一発でかけらるなんて。ふむ…興味が尽きませんね~、麗舞様は」


「「ヒェ!?」」


「いつからそこに居たんですか!?」


「え?麗舞様が運転席に座った時からですけど?」


誰も居ないはずの助手席にいたのは、先ほどベーカリーに消えたメアリーだった、ご丁寧にシートベルトまでして。膝の上には店のマークが印字された紙袋が二つ…焼きたての芳ばしい香りがしている。


「ほんと、何者ですか…メアリーさん」


「ふふん…メイド、です♪」 


「…。」


少しの沈黙の後


「和んでないで、早く早く!なにやってんのよ、出しなさいってば!」


「oh…ですね!ささ、麗舞様は運転お願いしますね~、私向けなんでペダルが少し…重いですよ」


「…プラス、3でしょ?様式美的に」


「ですです」


「いいから!は・や・く!うわぁ、もうそこまで来てるってば!」


後部座席から悲鳴が上がる。


「…舌噛むなよ!」


回転数を目一杯上げて、動力をタイヤへ繋ぐ…3人を乗せた車は唸りと悲鳴上げながら大通りを飛び出した。


「あ、ちなみに禁煙車ですからね?」


「吸ってる余裕なんかないんだなぁ、これがあ!!」


「うぇ……舌噛んだぁ!」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



メアリーに言われるまま、娯楽都市の中心部を延びる大通りを暫く駆け抜けること、数十分…車は郊外にある人気が少ない雑多なビル街の裏路地に停まっていた。


「それで御客さん……キミは誰なのかな?うちはタクシーじゃないんだけども?」


車の傍らにあるダストボックスに寄りかかりながら、彼は漸く吸えた煙草を吹かし座席に腰掛ける女性に問いかけた。


「は?どういうこと、知らない?この私を!?」


怒髪天をつくような勢いで麗舞に詰め寄る紅玉色の瞳、燃えるような力強さを秘めたかのような…つり目気味の目は一段と凄味を増している。


この目、どこかで見たような…そんな感覚を覚えた彼は顔を背け、紫煙を吐き出す。


「んー…どっかで見たような、この綺麗な赤い瞳。どこだったかなぁ」


「は、はぁ!?いきなりナンパ?気持ち悪いんだけど!」


「いや、待って!?なんでそうなるかな!知らないよ、いきなり気持ち悪いとか言う失礼な人はさ!」


「なんですってぇ!」


「んだよ!」


ガルル!と噛み付かんばかりに睨み合う二人を止めるもう一つの声が。


「ふぁいふぁい…ストップ、そこ…むぐむぐ…までですよ~♪あ、やっぱりここのクリームパンは格別ですね」


クリームパンに舌鼓を打つ不思議なメイド…メアリーだ。


「ちょっと、リィ「メアリーです」…メアリー!ホントに大丈夫なんでしょうね、こんな人で。公演は明日からなのよ…絶対成功させるんだから、失敗するわけにはいかないんだから」


「…こんな人とは、なかなか御挨拶だことで」


「なによ…なんか文句でもあるわけ!」


「はいはい、貴女もそこまでにしておいてください。彼は元々コロニーの人ではありませんから、船団の人に貴女の事を知らない者がいても仕方ないことでしょう?それは貴女もよく知っていることでしょうに」


少しの呆れを含ませた声で赤い女性を嗜めるメアリー、それを口惜し気に引き下がる彼女。


「船団の…てことは、貴方はアークス?ふーん、貴方がねぇ…そうは見えないんだけどぉ?」


下から上へ訝しげに見ながら、目を細め薄く笑う


「…止めなさいな、その品を下げる様な真似は」


「はーい♪……ベーっだ、フン!」


メアリーの少し冷たい声色には意も返さず、彼女は麗舞に舌を出して煽る。彼は口の端が引きつりながらも耐えていた。


「…もう帰っていいですかね」


「あはは…申し訳ありません、彼女…悪い子ではないんですが、少し気が立ってまして「私は冷静よ!」…自分で声を荒げて冷静だと言う人ほど、足元を掬われますよ?」


「ぅぐっ…わ、私は!私は…平気なんだ、から」


尻すぼみに消える声…時折、通り過ぎる車の音が路地に響く。


「はぁ…なんか、訳ありって感じですかねぇ。お二人は知り合い…みたいですし、今回の依頼と関係が?」


二人から少し離れた所にしゃがみ、三本目の煙草に火を着ける…ゆらりと紫煙が立ち上ぼり、それを見つめる麗舞。


「ちょっと…煙草、嫌いなんだけど」


「…失礼、お嬢さん」


「なによ、スカしちゃってさ。それで、貴方…」


腕を組んで不満げに睨み付ける女性は、興味無さげ顔を向ける彼に苛立ちを募らせる。


「んぁ?」


「だから!名前はって聞いてるの、名乗んなさいよね!」


「はいはい…よっこいせっと」


膝に落ちた少しの灰を払いながら彼女の目の前まで歩み寄ると


「…申し遅れました。アークス船団第3番艦ソーン所属、アークスの麗舞と申します。短き間ではありますが、よろしくお願い致します。

この度は無礼を働き、平にご容赦を……して、御名前を伺わせて頂いても?麗しきレディ?」


恭しく主人に礼をするかの様に振る舞う。


「ぐっ……や、やれば出来るじゃない!ろ、60点ね!これからも精進なさいな!」


「…それ、皮肉ですよね麗舞様」


「へ?」


「しーっ!それ、しーっ!」 


ニコニコと間の手を入れてくるメアリー、手には二つ目のクリームパンが


「3つ目ですよ?」


さようで…。


「あぁ、もう!なんなのよ、2人して私をバカにして…いい!?よく聞きなさい、私は女優の【アキナ】!

全宇宙を股に掛けるトップ女優!トップ!そう、一番!なのよ!………いずれは」


最後の言葉に突っ込むと話が進まない気がするので、スルーを決め込む麗舞。

深めに被った帽子を脱ぎ捨てて髪を2、3度振り、現れたのは…路地のスキマから射し込む光に反射する銀糸の長い髪。勝ち気で不敵な笑みを浮かべ、先ほど街中で見たポーズを決める【アキナ】と名乗る女性。


「ほー、キミがあの【AkN】だったのか…通りで見覚えがある目だと思ったよ、キツそうな性格そのまんま…あ」


「一言、多いの…よ!」


乾いた音が一つ。


「…いいもの、持ってるよね」


「あらら、痛そう…むぐむぐ」


「メアリー…貴女、クリームパン何個食べるのよ」


「今はウィンナーロールです」


「…そう。それより依頼の話がしたいのだけれど?メアリー、場所は良いの?ここで」


未だに食べ続けるメアリーに依頼ついて先を促すアキナ…誰のせいだと言いたくなるのを堪えながら麗舞もメアリーに目を向ける。


「場所ならこのビルの地下に私用の部屋が有りますから、そこで。車はこのままで構いません、家の者が回収する様に手を回してありますし問題ありません。では、行きましょうか」


そのまま彼女は食べ終わった筈の紙袋を抱えたまま、地下室へ続く階段を降りていった。


「ちょ、ちょっと!回収したらこの後の脚はどうするのよ、って…行っちゃった」


困った風に麗舞を見やるアキナに、彼は軽く肩をすくませ両方の掌を軽く上げてジェスチャーで応える。


「さぁね。ま、何とかなるんじゃないかなぁ」


「お気楽なんだから…」


彼はメアリーが降りていった階段の前まで来て立ち止まり、アキナに先を譲る。


「レディ・ファースト、だよ」


「あら、気が利くじゃない…フフン♪」


気を良くしたのか、アキナは弾むように階段を降りていった。それに続き彼も階段を降り目線が地面と同じ高さまできたとき、不意に脚を止め視線だけを左右に振った。


「…ほんと、不思議なメイドさん達だことで」


ビルの屋上に四人、両側の通りの向こう側に二人ずつ…この場所を挟み込む様に構えている。車の方を振り替えると…


「…。」


車の横で手を前に組み、佇むメイドが一人…彼に向かって深々と一礼をした。


ーーー いってらっしゃいませ…


口を閉じていたはずなのに響く声。


「…あいよー」


彼は一際、大きな声を上げるとメイドに背を向けたまま片手を降って何かを投げた。9人の意識がソレに向いた隙に麗舞も地下へ降りていった。


「これは……ふふ」


メイドの手の上にはコインが9枚と小さな紙切れが1枚。


ーーー 帰りに皆でジュースでも飲んでおくれ♪


メモとコインを丁寧に仕舞い込み、彼女は小さく手を振った。同時に周りの気配も消えた。少しの間を置いて、赤のオープンカーは路地裏から走り去っていった…複数のバイクの音と共に。


「…引き際の鮮やかな事、さっすがだね」


階段を降りた先の扉越しに寄りかかりながら本日、4本目の煙草に火を着ける麗舞だった。


「あー、ははは。これ吸いきったら行きますよ。禁煙…でしょ?」


扉越しに伝わる気配に、イタズラがバレた時の様に笑いながら応えると


ーーー お茶が冷めない内に、ですよ~


「仰せのままに…」


半ばからフィルター手前まで一気に吸い込んで吐き出し…吸い殻を携帯用の灰皿に捩じ込む。


「…まぁた面倒な事にならなきゃいいけどねぇ、無理か♪今日はなんて日だ~、いや…今日からかな」


一人ごちた彼は扉を開けて中に入った、その先でまた「煙草くさい!」だの「無神経!」だのと怒られるが…些細な事だろう。


これから始まる事に比べれば。



【続】


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