「それでさー、なんであの人は黙って行っちゃったんだろうねぇ」
「さぁね。締め上げれば…良いんじゃないかな」
「…おぅ。怖い、怖い♪」
プリマヴェーラ家、次期当主専用のプライベートシップの船内は気まずい雰囲気が漂っている。
余計な刺激はしないように、手を頭の後ろに組んで天井を見上げながら胸中の人物の顔を思い浮かべた。
「ほんとさー、なんでいっつも一人で行っちゃうんだろうねぇ…困った人だよねー、ね?」
「…そうですね、本当に。どうして、いつも……」
「ありゃま、こっちもだったかぁ」
操縦席と隣に座る仲間から漂う静かな怒りに彼女…ジークリットは苦笑いを隠そうともせず、シートに深く身を委ねて肩をすくませながらため息を一つだけこぼし、数時間前の事を思い浮かべた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ヴェルデからチーム内通信がたっせられた。
【これる人は至急、艦橋に集合。大体、あの人のせい】
その後、チームメンバーの内の二人が艦橋に現れた。
「失礼します。来ましたよ、ヴェルちゃん。麗さんの事で何かあったのかな?」
「失礼しまーす、何事なのよー?麗舞さん絡みでしょ、なんか面白い事でもやらかしたー?」
「あぁ、ヒトミさんにジークリットさん…それを今からこのインテリ眼鏡…じゃなかった。シャオさんに話してもらうところだよ。
来れたのは二人だけか…さすがに全員は来れないよね」
「まー、仕方ないんじゃないー?みんな各々、やることがあるしねぇ。ログは残るから、会話に寄れなくても見てるだろうし大丈夫でしょー♪」
3人の様子を眺めながら、頃合いを見計らってシャオが口を挟む。
「ふむ、話はまとまったみたいだね。何が起きたのか順を追って話そう…君たちも知っての通り、わがアークス船団と交易関係にある複合独立駆動式大型コロニー【ミェルストーレ】…そこに彼…君たちのマスターである麗舞を極秘依頼の担当者として送ったんだ。
もともと、彼もコロニーへ行きたがっていたからね、こちらとしても渡りに舟だったわけさ。
シエラ、コロニーのデータを出してくれるかい」
「はい、ただいま!」
ハイ・キャスト、管制官シエラが端末を操作しデータを呼び起こし空間に大きく投影する。
「こちらが今回、麗舞さんに行っていただいたコロニー、ミェルストーレの全体像です。
8つのコロニーと一つの大型のコロニーから構成された複合型コロニーであり、各々に特化された役割を与えられた8つのコロニーを8角形のように連絡橋でつなぎ中央に大型コロニーを配置した、珍しい構造体ですね。
詳しい説明は皆さんの端末に転送しておいたので、確認しておいてくださいね」
「わかりました、シエラさん」
「了解ー」
「ヴェルデ、君には必要ないデータかもしれないけれどね。でも、今回の依頼は君の実家にも関係があることなんだよね。君の実家にいる【お庭番】からの直々の依頼でね…普段からビジネスパートナーの一つであるプリマヴェーラ家だから、むげに出来なくてさ」
「家が?そんな話、私には全く降りてきてないけれど…」
シャオの言葉に怪げんな顔で続きを促す。
「本来なら君にお願いするつもりだったけど…君も忙しそうだったし、どうしたものかと悩んでいた訳さ。そこで君と関係があって、尚かつ暇そうな人…麗舞がいるじゃないかとね」
「……お兄さんたら、どんだけ仕事しないのかなぁ」
「あはは…まぁ、気ままな麗さんですし」
「【夢と自由と気まま】って言葉が服を着て放浪してるような人だからねー、フリーダマーってやつ?」
「それってダメな大人の典型なの…」
うちのマスターは管理者も認める程の暇人認定されているのかと呆れる三人をよそにシエラが補足を継ぐ。
「確かに麗舞さんのオーダー遂行率はアークスの中でも最低値ですし…あ、でもでも!カジノのお仕事はそれなりにされてるみたいですよ、ビラ配りとか♪」
「「「それなり…」」」
「シエラ…それはフォローと言えるのかな」
「え!?」
言い様のない空気感を払うように咳払いして、話を戻すシャオの言葉に艦橋を訪れた二人は驚愕する。
「……話を戻すけど、彼に依頼したのは船団とコロニーを往復する定期貨物船に擬装して高性能粒子爆薬を満載した船に単身で乗り込み、爆薬の起爆システムの解除をお願いしたんだ」
「「え!?あの人にそんな高度な事ができるんですか!」」
…その反応も普段の彼を知っていれば仕方のないことではある、実際の所…出来はしない。
「無理だね、だから敢えて彼自身にも依頼は伝えてないんだ…言ったら彼は首を横に振っただろうからね。だから彼には【たまたま空きの船があるから、それを使えばいい、型の古い船で窮屈だけど照明の操作と行き先設定の入力だけしてほしい】ってお願いしたのさ。積み荷はコロニー側で処理してくれる手筈になっていたから何も問題ない、と思ったんだけどねぇ」
シャオはやれやれと言わんばかりに肩をすくませた。
「…何かあったっぽいねぇ、この感じだとさー?」
「あぁ、起爆システムは無事に解除、向こうのコロニーの廃棄区画で爆破処理された。ただし「まさか、巻き込まれたんじゃないですよね!?」…落ち着いてくれヒトミ、彼は無事さ…バイタルはこちらでモニタリングしてたから…命には、問題はないよ」
「そうですか…良かっ、え?命には?」
「…怪我したの?」
ほっと胸を撫で下ろすの束の間、彼女はシャオの言葉に違和感を覚え聞き返す。同時に、先程までの間延びした言葉使いを止め、射抜くような鋭い視線を送りながら静かに問いかけるジークリット。
「向こうの依頼主が言うには、大した怪我はないそうだけど、意識がまだ戻らないそうだ。シャトルが接岸する間近に発生する重力変化による落下だそうだ、どうやら彼はベルトを外したまま宙を漂ってたみたいだね」
「接岸前に自動で戻った重力に引かれて落っこちて…それでお兄さんは気絶しちゃった、そういうこと?」
「その通りだよ、ヴぇルデ」
「はぁ…呆れた。どうせ、ベルトが窮屈だからって外しちゃった挙げ句、着岸するまでグースカ寝ちゃったんでしょ。お兄さんならやりそうなことだもの」
「「…は?」」
目が点になる二人をそのままにして会話は続く。
「流石は彼の守護輝士「やめてくれないかな、その言い方…子供のお守りじゃないんだから」…はは、失礼。とにかく問題はその後なんだ…麗舞が搬送された施設から姿を消したんだ、依頼主と一緒に…ね」
「「「!?」」」
「それで私たちを呼んだんですね…麗さんとその依頼主の捜索および保護、ですね?」
「理解が早くて助かるよヒトミ、三人は彼等の捜索任務についてほしいんだ」
「「「…了解」」」
「うん、3人とも頼んだよ」
また変な事に巻き込まれてるんだろう、やれやれ仕方のない人だとぼやきながら出ていく3人…その中でジークリットが思い出すようにシャオに問いかけた。
「そういやさぁ…そもそも、なんで麗舞さんはコロニーに行きたがってたわけ?」
「あぁ、それはね……」
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「気晴らしに【家出】ねぇ……こりゃまた【みんなでお話】かなー」
「少しばかり勝手が過ぎます…私ちょっと頭に来ました」
「ま、まぁまぁ。あの人がフラッとどこか行っちゃうのは毎度のことだしさぁ。なんだかんだでケロッとしてそうだしー?ほ、ほら、気晴らしだって言って「ただの気晴らしで【家出】なんて言いますか!?」…言いません!」
普段は穏和なヒトミが珍しく怒りを噴き出す姿に冷や汗を流しがらも彼のフォローをするが…無理だった。
「船を借りるのをヴェルちゃんに断られたからといっても…いつもなら誰かに一言でも残して行ってたり、必ず居場所が分かるようにしてた人なのに、今回は誰にも何も言わずに行ってしまったんですよ?まるで…」
ーーー あの時みたいで…
「……考えすぎじゃないかなぁ。まぁ、気持ちは分からなくもないけどねぇ。あの時は【ちょっと長めの散歩】だって言って姿眩ませちゃったしー。でもさ、いくらなんでも麗舞さんだって分かってる筈だよ、【もうあんまり抱えたりしない】って言ったんだから。それに、あの人の身体の事なら皆だってもう知ってるワケだしさ……それでもまだ抱えてるなら、また【お話】でしょ」
「もしそうだったら、私も皆もお兄さんを許せないよね。前に散々言い聞かせたのに懲りてないんだから。瀕死だろうと無理矢理にでも蘇生でも何でもやって引きずってこなきゃね?まぁ、今回は違う気もしてるのよ、実家が絡んでるみたいだから…そんな悪いようにはしない、とは思ってるんだ」
ヒトミの危惧している事をジークリットとヴェルデが各々の言葉で否定する。彼はちゃんと分かってくれている、だから大丈夫だと。
「そう、ですね…そうですよね。麗さんなら大丈夫ですよね、うん。あはは、考えすぎてもダメですものね、会ってみなきゃ分からないですよね!」
二人の言葉に自分が危惧した事を首を振って振り払い、笑顔を滲ませる。
操縦席にて発進のために船体各部の確認作業を淀みなく進めながらも、ヴェルデは後ろに座る二人を振り返って不敵な笑みを含ませて言う。
「だけど【皆でお話】は、しなきゃダメかなぁって」
「んー、ヴェルデちゃんさ。どういうことよ?」
「え?そうなんですか!?」
「……補助エンジン作動、粒子エンジンへの圧縮開始。
…お兄さんね、シャオに【息抜きがてらデザイアの歓楽街調査に行ってこい】って言われたらしいのよねぇ。
…管制システムとのリンクコネクト、クリア。圧縮率30%か…あと2分ってとかしら。
ほら、前にもあったでしょ?市街地でゼノさんとダンボール被ってコソコソと【そういうお店】に行こうとしてた事」
「……あったねー」
「ありましたね、そんな事も…」
二人の反応が冷え込むのとは反対に船内に響くフォトン粒子を取り込み圧縮させ続けている機関はゆっくりと熱を帯びていく。
「ラダー…チェック、クリア。フラップ…チェック、クリア。コロニーまでの航路を管制へ……補助エンジン出力安定、粒子圧力50%っと。あっれー、表示灯が1つ点かない…定期メンテ出したとこなのに、おかしいわね。この辺かしら」
ああでもない、こうでもないとパネルを操作しながらも二人との会話も続く。
「「…と言うことは、もしかしてして?」」
ヴェルデは徐に計器類が並ぶパネルに向かって右手の甲を添えて…
「…そういう、こと!」
ーーー コツン…
ノックした。
ーーー ……SYSTEM ALL GREEN
「やっりぃ!ビバ、アナログってね」
良いコ良いコとパネル周りを撫でながら満足げな笑みを浮かべ、後ろへ振り替える。
「お兄さんも、これくらい素直だと楽なんだけどねぇ……ま、聞き分けないコにはちょおっとばかし、【痛くしなきゃ】ね?」
「「異議なし!」」
「よーし、準備も整った所で行っくよー♪ベルトはしっかり閉めてね!……こちら、【SR-20-SE ストラーダ・エメラ】船舶コード AX-NZ3、操者コード XU3023 ヴェルデ・ディ・プリマヴェーラ…管制、よろしくて? 」
ヴェルデは民間用発着管制システムと交信を始め、後ろの二人は飛び立つのを今か今かと待ちわびている。
ーーー 此方、管制。船舶コード及び操者コード照会…クリア。管制と船体とのリンクコネクト…スタンバイ。ストラーダ・エメラ、ステータスチェック…クリア。目的地までの航路申請…クリア。発進前チェックリスト…オールクリア。
これよりカタパルトデッキへ移送します…これよりカタパルト射出後、管制宙域までの船体制御をお預かりいたします。
「あぁ、射出のタイミングはこちらにやらせて?射出後はマニュアルで大丈夫だから。射出とエンジンイグニッションのリンクコネクトはお願いね?」
ーーー カウントコールは必要ですか?
「助かるよ」
ーーー …承諾。カタパルト射出までの船体制御をお預かり致します。
「You have control…」
インカムから伝わる機械音声の指示に従いながら、網膜に投影された管制ウィンドウを目線で操作しながら船体の制御を譲渡する。
ーーー 船体制御システム…受託。カタパルト及び船体のリンクコネクト…スタート。これよりカタパルトデッキへ移送します、発進まで180カウント。
アークスシップの後部船底辺りにある、民間用立体式駐機場から3人が乗ったプライベート・シップ…【ストラーダ・エメラ】がカタパルトデッキへと続く昇降機へ載せられていく。
ーーー リフトアップ開始…リニアアクチュエータ作動。発進まで120カウント。
回転灯の黄色い光が射し、けたたましい警告音やアクチュエータの駆動音
、時折混じる排気弁から吐き出される圧縮空気の音…そしてストラーダ・エメラ胴体両脇に据えられた2機の粒子圧縮エンジンが空間に発生するフォトンを目一杯吸い込む音とが共鳴する。その音は船内にも響き、発進を待ちわびる彼女等に得も言えぬ高揚感をあたえていた。
「やぁ、いよいよ…って感じだねー」
「ホントですね、なんだかワクワクしちゃいますね♪」
「マキナが乗ってるときは毎回大はしゃぎして煩いのなんの。うわー、あのシリンダーの微細な動き堪んないー!とかアノぶっとい油圧ダンパーなんて逞し過ぎなんだからー!たまに聞こえる排気弁からの音が官能的だよぉ!…ですもの、もう慣れたけどね」
「あー、あのコの好きなメカメカしい感じだもんねぇ」
「ふふ、そうですね。でも、なんだか分かる気がします…何て言うか、格好いいですよね!」
ーーー 補助エンジン出力、最大稼働へシフト…メインエンジン内粒子圧力97%まで上昇中。発進まで90カウント。
「そうそう、発進の衝撃で【むちうち】にならないように頭もちゃんとヘッドレストにあてがっておいてねー…結構、キちゃうから♪」
「え、ちょっと…あれ?ねぇ、慣性制御が働く筈じゃないのー?」
「…ですよね、いくらなんでも…そんな旧歴の時代の乗り物じゃないんだから~。ね、ヴェルちゃん…ヴェルちゃん?」
含みを持たせたヴェルデの言い方に少しの焦りを滲ませる。なんだか嫌な予感がするのは何故だろう、こういうのはあの人の役目ではないかと二人はコロニーが佇むであろう方角に向かって共通の人物の顔を思い浮かべるのだった。
ーーー カタパルトデッキへの移送及び船体固定…完了。メインエンジン点火と同時にカタパルト作動、発進前30カウントで船体制御を譲渡します。発進まで60カウント。
「…ラジャー。さぁて、いよいよね。変な所に行って遊んでたら……フフフ」
コックピットから広がる星の海原を見据え、ギリリと操縦かんを握り締める。
ーーー メインエンジン内粒子圧力113%まで上昇中。船体制御…譲渡。カタパルト・ロック…解除。補助エンジン出力最大…メインエンジン内粒子圧力118%…メインエンジン点火及び、カタパルト射出まで30カウント。
ストラーダ・エメラの切り裂く様な甲高いエンジン音が空間を振るわせ、エンジン・インテーク部の周りには翠の粒子達が吸い込まれていく。
ーーー 航路の最終確認…目的地までオールクリア。Have a good flight …
発進まで20カウント……
「Thank you… ベルト、ちゃんと締めといてね!」
「オッケー…ついに来たー!」
「は、はい!……ちょっと怖い、かも」
ーーー 5…4…
カタパルトデッキ右上方に設置されたシグナルがカウントコールと同調する。
3…【赤】
2…【赤】
1…【赤】
0…【ALL GREEN TAKE OFF】
「イグニッション!
ストラーダ・エメラ、いっけえええ!」
瞬間、ストラーダ・エメラは雄叫びを上げた。
圧縮容器内に極限まで溜め込み圧縮されたフォトンが爆発、そのエネルギーを船体後方のノズルから推進力として一気に放出した…同時に電磁カタパルトが船体を押し出す。レール部から火花を散らしながら、加速していく。
「…うわぁ!押さえつけが…ハンパないね」
「んぅ!?これは確かに…堪えます、ね」
轟音と激しい振動、そして加速による身体全体を押さえつける凄まじいまでの力が3人を飲み込む。
3人を乗せたストラーダ・エメラは翠の奔流を後方に放出しながら、星の海を切り裂く様にその大翼を広げ力強く飛び立った。
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第2幕 スモーキー・アクター
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とある雑居ビルの地下フロアの一室、麗舞は出入り口に近いソファーに座り、出された紅茶の香りを楽しみつつ…部屋を眺めていた。
普段、あまり使わないと言っている割りには、室内は細やかに清掃が行き届いてる…空気が埃っぽいということもない。寧ろ、その逆の印象を受ける…人がいない部屋は時間と共に死んでいくとは聞くが、頻繁に清掃に来るものだろうか。
この部屋はちぐはぐなのだ、生活感というのだろうか…それを感じずにはいられない。だが視界に入る家具達…自分自身が今、手に持っているカップは誰かが使用していたとは思えない。まるでこの日の為に用意したとでも言いたげなほどに、使用感がない。
何かを隠してる?
まさか…考えすぎだろう、彼は疑念を紅茶と一緒に胸の奥へと流し込んだ。芳醇でありながらも鼻を抜ける爽やかな香りと、舌に残る僅かな渋味が彼の頭の中をクリアにする…一呼吸置いて目の前で優雅に寛ぐ女性に目を向けた。
椅子に腰掛け、同じく入れられた紅茶を静かに傾けるアキナ。ソーサーをカップの下に添え、黙って嗜む姿は流麗…天井から照らす柔らかな灯りに銀髪が揺れては光る。
その傍らに静かに佇むメイドのメアリー。
なるほど、流石は女優…その片鱗は確かに感じられる。
両手で作ったファインダー越しに見える二人に思わず。
「……絵になるなぁ」
「は?いきなりなによ…変な奴ね」
「…。」
黙っていれば、だろう…それを口にするとまた烈火の如く捲し立てるのは目に見えていた。
「へいへい、どうせ変だしパッとしませんよ。悪うございまして……」
悪態をつきながら空になったカップをサイドテーブルに置き、ソファーに深く座り直して左胸元の内ポケットに手をやるももの…何も取り出さずに肘置きに戻した。
「アンタねぇ…そういうの止めなさいよ?友達無くすわよ、それ…あぁ、居ないんだー?」
先程の雰囲気とはうって代わり、まるでイタズラを思い付いた子供のように目を弓形に細めくすくすと笑う。
「……それで、依頼の内容を知りたいんだけれど?そこのメアリーさんのお仲間を沢山連れて態々、あんな派手なお出迎えなんてさ…面倒なのは御免なんだけども?」
ジト目で睨み付けながら溜め息をつく。
「…つまんない男ね。ま、いいわ!依頼内容は明日の公演が終わるまで私の護衛を務めて貰うわ、光栄に思いなさいね」
アキナはテーブルに頬杖をつくのを止め、大袈裟な手振りで歩み寄り、麗舞の目の前に立つ。彼は視界の隅に彼女を気だるげに追いやった。
「君の護衛?だったらメアリーさんや…それこそ、さっきのメイド達を宛がった方がよっぽど良いんじゃないのかい」
「勿論、メアリー達には陰ながら護衛について貰うわ。貴方は表向き、私の付き人として動いて貰う」
「有事の際は私共が全力でカバーに当たります、ご心配なく」
彼の疑問にアキナ、メアリー自信を持って答えるが、納得がいかない麗舞。それはそうだ、自分を軽々と打ちのめしたメアリーを側に付け、周りを部下達に守らせる方が断然ベストな筈で…敢えて自分をアキナの側に置き、メアリー達は影で動く。ただのゴロツキ相手にソコまでするだろうか…何かあるんだろう、そう目で訴えかけつつ問い掛けた。
「…物々しいね。追っ手の黒服達といい、そっち方面にまで有名とはね…苦労してるんだ?」
「アイツらは、うちの事務所とライバル関係にある大手事務所が雇ったゴロツキよ。明日の公演…【星屑と花冠】そのものを潰す気なのよ、私を拉致することでね」
「拉致…ねぇ」
徐々に言葉の端に熱をこもらせていくアキナとは裏腹に、少しばかり残った紅茶を、一頻りカップの中でクルクルと弄んだ後に飲み干した。
「とにかく!明日は終日、私の側を離れないこと…よろしく、マネージャーさん♪」
「おいおい、本気かい。付き人なんてやったことないよ?大丈夫なのか、それで」
「ご安心ください、当日は本業の者がメインで動きますから…麗舞様はフリだけで、もしもの際は…」
「殺れってこと「確保、ですよ?」…承知致しましたよ。そうか、それでシャオのヤツ…それで、ボクの相棒達はどちらに?」
「今、お持ちします」
未だに煮え切らない麗舞をよそにして話は進み、ようやく彼は何故シャオがコロニーへの武器持ち込みと携帯を許可したのか理解した。
治安が悪い場所もあるから念のために最低限の装備は持って行けと言われたのは、この依頼のためだったのか…ということは、この二人はシャオと繋がりがある。少なくともメアリーはシャオと確実に繋がっている…アクースの個人装備を他者が外す、それが可能なのは。
「…管理者権限用パスコードか」
「ご明察です。ですが、既にパスコードは書き換えられていますのでご心配にはおよびません…試されてみますか?」
部屋の奥からメアリーが現れ、カートに載せられた彼の所持品を、彼の目の前まで運んできた。
「じゃ、後でシャオに確認取っておきますよ…必要はないでしょうけどね。どこも異常は無さそう、だな」
「うっわぁ…古い!?よくそんな骨董品使うわね…それちゃんと動くのかしら」
「ちゃんと動くさ…愛着ってヤツだよ。知り合いにカスタムしてもらったんだ、おかげで今も現役さ」
訝しむアキナをあしらいながら、入念に各部の動作を確認していく…部屋に軽い金属音がリズミカルに響く。
じっと、彼の手元を見ていた彼女の目が細くなるが、それも一瞬の内に消え、背を向けて髪をさらりと掻き上げた…くだらないと言いたげに。
「……ふぅん。でも、愛着を抱いて死ぬなんて、私はごめんだわ」
「見た目は確かに旧式の武器ですね、ヤスミノコフ3000R…大型火薬式自動拳銃ヤスミノコフを外観モデルにした、フォトン粒子を撃ち出すアークス専用武器…でしたが、今や製造法が民間に払い下げられています。
【フォトン・バレット】の普及もありフォトン適性の無い者でも扱える様になった昨今、コロニー内でもアークス向けの武装が出回っていますし…だだ、ヤスミノコフのようなアンティークを好んで使う者は少ないですがね。
ですが、そちらのヤスミノコフはかなり特殊な様ですね…至る所に改良が施されてるみたいです。隣のガンスラッシュ・ゼロも同じ様に見受けられますが?」
興味を無くしたアキナを無視して、各部を入念に確認していきながら、メアリーの言葉を聞き流していた。
空間に呼び出したパレットにヤスミノコフ3000Rをセットし、彼女の言葉が終ると同時にガンスラッシュ・ゼロを取ろうとした手が止まり、二人に向き直る。
「…驚くほどドンピシャだね、流石はメアリーさん。それに…キミも」
「…恐縮です」
「私?なんでよ」
今度はガンスラッシュ・ゼロを手に取り、あちこち傾けながら外観や可動部の動作を確認していく。動作の途切れ途切れで、言葉を挟みながら。
「んー。最初、訝しげな目をしてたのにさ……ボクがアレを触り出したら一瞬、目の色変えたろ。他のヤツとは違うって理解した…理解はしたけど、愛着に殉じる気はないってことでしょ?だから【でも】って言った……違う?」
麗舞がガンスラッシュ・ゼロもパレットに戻し終えたところで、二人は見つめ合ったまま……沈黙を破ったのは。
「……降参よ、認めてあげるわよ。さっきはパッとしないなんて言ってごめんなさい」
「いいよ、ボクも大人気がなかったから…ごめんなさい」
「改めて、お願いするわ。私の依頼、受けてくださる?」
「勿論、承りました…レディ」
冷やりとした空気の角に丸みが帯びて温かさをましていく。彼が好きな、いつも感じている場の空気に近くなっていく。
差し伸べられた手の甲を右手で優しく包み、恭しく一礼をした。
「あら、【麗しの】が抜けてるんじゃなくって?」
「そこは、ほら…なんてぇの?舞台に期待…みたいな?」
「上等じゃない、明日を楽しみにしてなさい♪」
「まぁ…私はただのメイドですし?でしゃばるのも、はばかられるんですけどね?私を挟んで良い雰囲気にされるのは…」
「「あ…」」
完全に二人の世界だった空気をぶち壊しにいく…言い当てたのは自分なのに放置されれば面白くもないだろう。
「後でからかう…いえ、揺すりのネタ…ゲフンゲフン!楽しそうで良いです」
「「こわ!?」」
…なんだかんだで、楽しむ事は忘れないようだ。
慌てて誤魔化す二人を眺めていると、服の裏に忍ばせた端末が短く震えた。
「少し、失礼を。…はい、私です…はい、アキナ様ですか…少々お待ちください、替わります。
アキナ様、フィーリ様から火急の要件だそうです」
「フィーリから…なにかしら。もしもし、どうしたのフィーリ、そっちで何か…え、ちょっとそれ…どういうことよ!?
舞台セットから落ちたって…怪我は!?…そんな、それじゃ明日の公演は…えぇ、探してるのね……そうよね、こんなに急じゃ代役なんて見つかりっこな、い………あ」
「…んぁ?」
相手はフィーリと呼ばれた人物…アキナの慌て様から舞台関係のトラブルだとは分かるが、何故か嫌な予感がする、目が合ったし、特に。
素知らぬ振りで生返事でやり過ごしてはみるが…予感は拭えない、背中に嫌な汗が流れていくのを感じた。
「いた、居たわよフィーリ!!喜びなさい、明日の公演はやれるわよ!…え、そんなものコッチでなんとでもなるわよ…いいえ、なんとでもするわ。
ええ、勿論…その辺りは理解してるし彼は素人だもの、荷が重すぎるわ。主演男優部分の台詞や描写は不自然じゃない範囲で改訂するわ、それが今から私がやる…無茶苦茶でも強引でも何でもやるの!いいこと、よく聞きなさい…」
「うわ…嫌な予感。ボクが役者?主演?ホントに?」
「ですです」
抗議の色を滲ませた視線も虚しく、彼を置いて事態は加速していく。
「…依頼のキャンセルは「ふぁいと~」…でしょうね。こりゃ報酬、色付けてくれても割りに合わんだろうよ…」
間延びしたメアリーの激動に溜め息を溢しながら、頭の中でどんぶり勘定し始める。
大体こんなものか…いやいや、もう少し上乗せして…などとあれこれ考えては頭の中の丼が溢れかえっていたが、アキナが戻ってきた所で破棄した。
彼は数字に滅法、弱かった。
「…話は纏まったわ。メアリー、貴女はまずうちの事務所に行って「代役確保とそれに伴う台本及び演出の改訂、その連絡を各部署に水平展開…公演までの限られた時間で最上の演出が出来るように人員の手配と配置ですね。既にうちの手の者達が動いています、ご安心を」…素晴らしいわ」
「…仕事が早いこって、本当にただの女優とメイド?」
「女優は幾つも顔があるのよ、覚えておきなさい」
「メイドに秘密は付き物ですよ、麗舞様」
急変した事態にも慌てることはなく寧ろ、これ幸いとばかりに代替案を矢継ぎに端末の相手に飛ばすアキナと、ほぼ同時に自分がすべき仕事をこなすメアリーに、開いた口が塞がらない麗舞だった。
「裏方はこれでいいわ、後は貴方の方よ…私は今から台本を貴方が演じても不自然じゃない様に改訂する」
「そりゃ素人だからね、ボクは…舞台演技なんてしたことないよ」
「そんなもの今から教えたって無駄よ、ぶっつけでやりなさい「んな、無茶苦茶な」…出来るわ、貴方なら。私がそうさせる」
「えらくまた、急に買われたもんだことで…」
急な事態の変化に煮え切らない麗舞に決意に満ちた瞳で真っ直ぐ見つめるアキナを、彼はバツが悪そうに目を逸らしてしまう。
自分にそこまでの力は無い…変に期待されても困る。
そう口にすることも出来ない情けなさが、彼を余計に黙らせた。
「アキナ様、しばらく席を外します…少し気になることがありますので。護衛の者を周囲に付けましたので、ご心配なく」
「ええ、わかったわ…言ってらっしゃい」
互いに口にしくくなってしまった雰囲気を四散させるようにメアリーの声が凜と響いて、アキナは取り繕うようにそれに応える。
音もなく部屋から姿を消したメアリーを余所に、麗舞に向き直る。この瞳に宿る想いに、どうか気付いて欲しい…彼女は今一度、佇まいを直した。
「…とにかくよ、貴方は芝居をする…その事だけに囚われない様、自然体で役になりきってくれればいいわ…得意でしょ、そういうの」
「……わかるの?」
「ただ、そういう気がしただけよ。深い意味は無いわ」
「そう…。ま、それだけ熱い眼差しで見られちゃね…わかった、わかったよ!真面目にやるさね、ちゃんとね」
彼の言葉に安堵の表情を浮かべたのも束の間、凛々しい顔付きに戻し話を進めていく、もう憂うものは何もないとばかりに熱が籠り始める。
「…その息よ、期待してるから。これ、読んで頭に入れておいて頂戴。今回、貴方が演じる役のプロフィールと軽いバックストーリーよ、役の雰囲気は壊したくないの、だからソコに貴方のイメージを台本に溶け込ますわ。
それと、ダンスできる?」
半時間ほど、渡された台本を長し読んでいた手を止め、彼女に向かって両方の掌を肩辺りまで上げ、無言でおどけて見せる麗舞…BON・ダンスならね、と内心思ってはいるが、口にするのは無意味だろう。
「…でしょうね、それは後で叩き込むから覚えなさい。中盤で星明りのテラスで私と踊るシーン…山場の一つなんだから」
「うへぇ、大丈夫かコレ…聞けば聞くほど出来る気しない「泣き言は、聞きたくないわ」…ふぇい」
読めば読むほど、台詞が多さや要求されるであろう立ち振舞いの綿密さに、既に投げ出したい衝動に駆られた麗舞は台本をサイドテーブルに置き、気だるげに懐から煙草1本取りだしくわえた。
「言っておくけど、このお芝居はダブルヒロインなの。貴方はもう一人のヒロイン役のフィーリとも踊るシーンがあるし、彼女と二人で会話するシーンも私と同じ位あるわ…勿論、三人で演じるシーンもある。
台詞一つ一つを覚えようとしなくていいわ、劇全体の進行とシーン中の大まかな流れを覚えなさい、そして動きなさい。後は周りがフォローするわ」
「……わかった、言われた通りにやるよ…ただし、あくまでも有事の際はキミの護衛が最優先だからね?」
くわえた煙草を元に戻して、もう一度台本に目をやる麗舞…表紙に印字された【星屑と花冠】の文字を見つめた後、あくまでも自分は護衛が主であることを強調する。
「勿論よ、私が死んだら意味がないわ」
「ごもっともで。あ、お茶淹れ直そうか?喉乾いたろう、少し待ってて」
「頂くわ、ちょうどキリが良いから少し休憩するわ」
室内で吸う訳にもいかず、口寂しさに紅茶のおかわりでもして紛らせよう…勝手に淹れても文句は言われないだろうし。気分転換にはちょうど良いと、ティーセットが載せられたカートを押してその場を離れた。
「…お疲れ様。はい、熱いから気を付けて。もうそんなに出来てるのかい、残り数ページじゃないか、いつの間に」
新しく入れ直した茶葉の香りが湯気と共に部屋に拡がる…渡された紅茶を静かに飲む彼女のテーブルの上には、赤や青のインクでびっしりと埋め尽くされた台本が、彼女の右手の下側面もうっすらとインクの跡が滲んでいることから、かなりの速さで書き進めていた事が伺える。
「ありがと。……へぇ、メアリーとまではいかないけど…貴方、良いお茶淹れるじゃない。まぁまぁよ♪
貴方が台本読んでる間にババーッとね…フィーリと話してる時、貴方を見て改訂箇所の構想は大筋で浮かんできたもの、流れが出来ているから後は楽なものよ。だから、やれるって踏んだの」
「ふぇ~凄いもんだねぇ…ボクには到底、無理な部分だよっととぉ…熱ぅ!?」
自分は飲めれば良いやと、雑にポットからドバドバとカップに注いで口につけるが…熱すぎて飲めないでいる。
そんな彼に小さく吹き出すも、穏やかな表情を浮かべ首を横に振る。
「そんなことない、貴方にだって良いところはある、必ず」
「そういうもんかね。ボクからしたら周りは眩しいんだよね…目を瞑りたくなる位、それ程までに輝いててさ…何の変哲もないその辺の石ころ雑草からすりゃ羨ましくって♪」
麗舞は手に持ったカップの紅茶に浮かぶ、歪な顔の自分を眺めながら苦笑いを作る…それを見るや眉間にシワを寄せ
、彼の眉間に人指し指を突きつけた。
「そういうところよ、貴方」
「ん?」
「自分に無いところを素直に認めて、他意なく相手を誉める…それも自分を貶めてまで。それが悪いとは言わない、だけど場合によっては、貴方を信じる人に対しての裏切りになるわ…過度な謙遜は嫌味に他ならない、気を付けなさいね」
「…素直に受け取るよ」
やれやれ、これは敵わないなと肩を竦めて大人しく引き下がる。分かってはいるんだ…だけど、それが手放しで出来るほど簡単に出来ない自分の不器用さが彼の心に影を落とす。
そんな彼の心の内を気に止めずアキナは嬉しそうに語る、先程より幾分だけ紅茶の減りが早いのも嬉しさからくるものだ。
「そうしなさいな♪貴方のそういう所、美徳であり損な性格よね…そんな貴方だからこそ、この役にピッタリだと思った。異なる二人の女の間で本心を隠して揺らめく男の役がね。
私とフィーリと貴方…三人でこのお芝居をしたいと思った、私がずっとイメージしていた【星屑と花冠】を」
そこで彼女は言葉を区切り、テーブルに置かれた台本に視線を落として、唐突に話しだした…ぽつりぽつりと確かめるように。
「貴方ね…昔、一度だけ会った人と似てるのよ。もうかなり前になるから顔もハッキリとは思い出せないし、すごくアバウトだけど雰囲気とか…声も似てたと思う。
それに、貴方が吸ってる煙草…アイツと同じ銘柄だからかしら、被っちゃって…ふふ、ごめんなさいね、変な話しちゃった」
「いや、気にしないでいいよ。その人の名前は…」
麗舞は静かにそれを聞きながら、目を瞑り穏やかに笑うアキナをじっと見詰める。
「…聞かなかったの。偶々、息抜きで遊びに寄ったアークスシップ…どの艦だったかは忘れたけど、街外れの公園で彼と会ったの。そのまま荷物持ちに付き合わせて…あー、その前にご飯を一緒に食べたわ!後は帰りの船の時間まで連れ回して…最後に出会った公園に戻ってきて、一つだけ約束したの」
「約束…」
「そう、いつか私が有名になったら教えてあげる…そう言ったのよ。可笑しいわよね、私がいくらコロニー中やアークス船団名を轟かせたとしても、私が彼の名前を知ることは出来ないんだもの」
温くなりカップに残った紅茶を見詰めて寂しげに笑う彼女に、どんな言葉を掛けたら良いのか…麗舞には分からなかった、ただ当たり障りの無い質問を投げかけるだけで精一杯だった。
「…どうしてそう思うのかな」
「だって、彼は相当の面倒臭がりだったのよ。お腹が満たせりゃ賄い飯で良いよ、だなんて。この私と一緒にご飯できるのよ?しかも私の奢りで!」
「はは…そりゃまた、変な人も居たもんだ」
「全くよ、失礼しちゃうわ…だからね、きっと会いにはこないと思うの。もし来たとしても、きっと私には分からない所に居る…でも、近くには居るんじゃないかしらね」
遠い記憶に想いを馳せながら、どこか満足げに温くなった紅茶を飲み干した。
「勘ってやつ?」
「女の勘をバカにしないことよ、後で痛い目みるから♪」
「ご忠告には及びませんことよ~」
「あら、経験済みかしら」
「現在進行形…でね」
「あらあら、御愁傷様でしてよ」
どこか煤けていて朧気に笑う彼の姿に、記憶の片隅に追いやられた人物とが重なる…どうして、こんなにも似てるのだろう。
不思議な人…昔を思い出させる、変な人だとアキナは心の中で呟いた。
「…貴方のその雰囲気、本当によく似てる。アークスって命懸けでしょ、今日ある命は明日には亡いかもしれない…博打な職業よね。だから、大事にしなさいよね…自分も、周りもね」
投げ掛けられた言葉に彼が短く返事をすると、冷めた紅茶を乱暴に注いで一気に煽る。大きく息をついた後、ポケットからヘアゴムを取りだしそれを口にくわえながらガシガシと髪を後ろに括った。
「さ、休憩は終わりよ!仕上げに掛からなきゃ。メアリーに連絡してフィーリを連れ来て貰うわ、台本合わせしないと。今夜は眠れないわよ…覚悟なさいね!」
「望むところ…ってね!」
アキナが台本の改定を終え、メアリーに連絡しようとした所で麗舞は一度、外へ出ようとした…そろそろ我慢の限界のようだ。
部屋の扉を開け立ち止まり、背を向けたままアキナに問い掛けた。
「ねぇ…明日の公演に、彼は来ると思うかい?」
「…生きていればね」
耳に届いた声は、やけに冷たく感じた。
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外はすっかり暗くなってる、大通りを照らす街灯の明かりが余計に路地を暗く感じさせる。自分が暮らす艦内と同じように、ホログラムで映された星空が瞬いて…空調も時間帯で変わるようで少し肌寒い。
「やっと吸えた…」
数時間振りに肺を満たした煙をゆっくりと吐き出してく…ゆらりゆらりと立ち上って、霞む夜空を見上げてる。
身体を這い廻る倦怠感に心地よさを感じながら、頭を巡るのはさっきの言葉…
「自分も周りも大切に、か……わかっちゃいるんだけど、さ」
いつの間にか、くわえた煙草はフィルターは焦げてみすぼらしく灰が垂れ下がっていた。
武器と一緒に回収したカード状の端末を立ち上げると…
「うわちゃあ…通知すっごい。そういや、着いたら連絡するつもりだったんだ。ま、仕方ないか…取り合えず調べ物ついでに」
表示可能枠いっぱいに並んだ仲間の中から目的の人物に通信を繋げる
ーーー 呼び出し中…
骨震動で頭に伝わる呼び出し音が、1コールしない内に繋がる、しかし相手は無言…これは相当にご立腹か。
ーーー ……。
「…は、ハロウ♪」
骨が砕けるんじゃないかと思うほどの震動が伝わって来る…今回は流石にスケープドールが必要になるかもしれない、コロニーで手に入るだろうかと、ヤニと声で揺さぶられながら考えていた。
「少し頼まれてほしいんだ…ダメかな」
多大な飽きれと、幾分だけ安堵しているような…でも相変わらず、頼もしい声だ。
気を良くしてもう一本取りだすと、相手も気づいたのか渋い声を出してきた。そう言わないでほしい…少ない楽しみなのだから。
相手の声を頭に響かせながら、漂う香りの心地よさと肌寒さに身をよじった。
(続
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