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  • 執筆者の写真麗ちゃん

爪痕

【前書き】

現行の√ーAは訳あって主人公死亡ENDにしちゃったんですけど。初期案の主人公【麗舞】生存ルートで、その後に控えた【ハドレッド編】に繋がる導入部が出てきたので…一部書き直して短編に仕上げてみました。


√ーBは心が病んでないと書けない気がする() 


ではどうぞ。


お話は√ーA最終話のエルダー撃滅作戦後から始まります、久し振りにディールちゃんとのやり取りが書けました。

√ーAの【麗舞】くん…【星屑編】と比べたら随分と軽いなぁw


あんまり変わらないか(((



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あの大規模作戦より5日が過ぎた。


たった5日…そう、それだけの時間で私たちを取り巻く環境はガラリと変わった。街も人も…お祭り騒ぎ…悲しい出来事を忘れる様に、無理やり笑って、騒いで…私には、そう見えた。


"英雄"


つい先月までは何処にでもいるアークス…その寄せ集めだった、私達は。


違う


私達は…生かされた、あの人に。


私達は…



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「イヤ、嫌よ!離して!助けに…レイさんが、レイさんが!」


船団からの執拗な攻撃、閃光と爆発で見えなくなるのを見て、私は半狂乱に陥った。何人かが私を羽交い締めにして、今にもキャンプシップから飛び出さんばかりの私を抑えつけた。


「行ってどうなる!君も巻き添えだぞ、もう…間に合わん、仕方がないんだ」


「ッ!?……そう」


その一言で私は何かが急激に冷えていくのを感じて、抑えていた仲間も急に力を無くしてダラリと立ち尽くす私に戸惑い、羽交い締めにした腕を緩めた。


刹那…


「ミユ…どうし、ガフッ!…な、なに…を」


抜刀する構えのままタックル…右腕と壁面で、かまるさんの首を押さえつけた。気を取り戻した仲間達が慌てて引き剥がしにくる。


「ミユちゃん、やめて!こんなの、ダメよ!」


「そ、そうだよ!こんな事したって…」


「なに…『こんな事』したって…なに?」


「…ひっ!?」

「ミユちゃん…」

「マスター…」


そんな目で私を見ないで、私は狂ってなんかいない…助けたいだけ、一緒に戦った"仲間"を。


失いたくないだけ…もう、二度と。


「かまるさん…私の前で『仕方がない』なんて言うの、これっきりにして。…三度目は、無いわ」


貴方も私も…ね。


「ゴホッ、ゴホッ…すま、ない。…彼女も言っていたはずだ、『また沢山ある』と。なら」


「えぇ、きっと逃げ延びているはずよ…そう願う「ぅあ…(…嘘…だよ、あんなの)」…ウィス、ちゃん?」


「ぁあ…(あれは、あの人が…私達を、逃がす為の…嘘…精一杯の、強がり…)」


頭を鈍器で…なんて言うのは、きっとこういう事なんだろう。何も考えられなかった…じゃあ、もうあの人は。


「ぅう、あぁ!…(…いない…もう、どこにも!)」


「そん…な…」


私は窓に身体を貼り付け、あの人が居るであろう閃光の先を見つめながら、その場に崩れ落ちた。

閃光が収まった時、そこには破片ばかりが漂うだけだで…あの人を見つけるなんて無理だった。


「あぁ!…あぁうあ!(…私達は!…あの人を!)」


ウィスタリアちゃんの叫びが、深く突き刺さった。


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ー 新光歴 238年 4月 6日 シップ内 共同墓地 13:00 ー



「犠牲に…した。たった一人、貴女を見殺しにしてしまった」


ー 戦没者達の魂に安らかなる眠りを ー


そう刻まれた慰霊碑の前に立ち、誰ともなく問い掛ける、『何故』と。


「どうして私は、貴女を喪ったことに…こうも心を悼めているのかしらね。


あの短くて、でも濃密だった一戦の中で…確かに私は貴女に惹かれた。


でも、その気持ちを確かめる事も…ぶつける事さえ出来ないなんてね。本当に、酷い人……本当に…ゥウッ、グスッ」


慰霊碑にすがり、咽び泣く私の背に声を掛ける女性が一人。


「…やはり此処にいたか」


「ヒルダ…教官」


振り向くとそこに立っていたのは、黒いフォーマルドレスに身を包んだ女性。


ヒルダ元戦技教導官…現通信士長。


その人だった。


「元…だ、お前も『アイツ』と同じことを言うのだな。…少し、話さないか」


無言で頷き、私達は共同墓地を後にした。



ー 新光歴 238年 4月 6日 カジノエリア ロビー 9:20 ー



戦後の復旧に目処がついて、やっと昨日からカジノエリアが一部解放されることになった。所々、まだ修繕箇所がちらほら残ってはいるけど、きっと暫くすれば元通り…また賑やかなカジノエリアになってくれる。


さぁ、今日もバリバリ盛り上げていかなきゃ!


…なのに。


「遅い!…集合時間は、とっくに過ぎてるのに。またどっかで道草食って…アイツは!」


「まぁまぁ…麗舞ちゃんも、何かと大変だったんだし、ね?きょ、今日くらいは大目に見てあげても、なぁんて…あはは、無理だよねぇ…」


おずおずと、片方の手首に包帯を巻いたクローディアちゃんがアイツを庇う…まったく人が良いんだから。

まぁ…この間はちょっと、いや…結構、カッコ良かったけどさ…」


「ディールちゃん、声に…でてるよ?」


「うぇえっ!?あ、いや、これは!違うから!そういうんじゃなくてね!?…ち、違うからぁ!」


「あはは、素直じゃないねぇ」


ーーー じゃないと、誰かに取られちゃうよ?


「…えっ?」


「ううん、何でもない…あ、チップ君からだ…麗舞ちゃんはいつもの場所でサボってるって!」


「まぁたぁ!?あんの、サボり魔はぁ…ちょっと行ってくるね!」


「ふふ、お手柔らかにね?」


その言葉を背に私はアイツが居る場所に向かって早足で向かった。

あれだけ大きな戦闘だったのに、アイツ…麗舞クンは何事もなかったかのように、平然としてた。いつもの飄々として、どこか憎めない…そんな笑顔を見せながら帰ってきた。



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避難指示が解除されてシェルターから出た私達が見たもの…


「…めちゃくちゃ、だね」


「はい…そう、ですね…酷い」


ゲートエリアもショップエリアも…そこから見渡せる市街地も、何もかもが荒れ果てていた、きっと私達のカジノエリアも同じようになってる筈…。


「大丈夫かな…麗舞クン」


「…お知り合い、ですか?」


「…腐れ縁、かな?アークス…なんだ、アイツ…非正規だけどね。カジノのスタッフの癖に、『それでもボクはアークスだから』って行っちゃった…」


「そう、なんですね…非正規のアークス。なのに、私は…私は…」


ギュッとペットに顔を埋める彼女…フィリアちゃんの頭を、私は優しく撫でた。


「ッ!?」


「…大丈夫、大丈夫だから。私は貴女を責めたりなんかしない。いくら貴女が正規のアークスだとしても…私は貴女を責めたりはしないから。それに…」


「…?」


「シェルターの中で貴女は他の小さい子供達の面倒を見ていてくれたじゃない…そっちの、ジンガちゃんだって泣く赤ん坊を必死にあやしてたのだって、私は知ってるよ!

無理に戦わなくたって、やれることをしてくれた…それで良いのよ、フィリアちゃん」


「ッ!?……あ、ありがとう…ございます。わたし、私…人が、恐くて…だから、ずっと、ジンガと…ずっと…グスッ…それ、で…」


「うん…うん、よく頑張ったね。そうだよね、やっぱり…寂しかったよね。大丈夫だから…よしよし♪」


大粒の涙を拭う事もせず、ただただ泣いている、迷子の子供…そう、子供なんだ。

どれだけ能力有って才能に恵まれていても、まだ彼女は年端もいかない女の子なんだから…誰かが側に居てあげなきゃ。

震えながら泣く彼女を抱きしめ、優しく撫でた…アイツが私にしたように。


ーーー あらら、純真無垢で可憐な女の子を泣かせちゃダメじゃないのぉ?


背後から声がした。

いつものディーラー服を着て、撫で肩で…くわえ煙草で笑うアイツ。


「…ただいま、ディールちゃん。市街地のカフェ…潰れちゃったね。お昼はさ、カロリーバー、食べない?」


「「カニカマ味」」


「…バカ、ふふふ」


「あはは…」


「…ふぇ?…えと、あのっ…あぅ」


どうしていいか分からず、私とアイツを交互に見つめるフィリアちゃんにウィンクを投げ掛けて、私は言った。


「お帰りなさい…この」



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ー 新光歴 238年 4月 6日 ショップエリア 展望スペース 10:00 ー



「サボり魔がぁあああああああ!!」


「おわぁっ!?いだだだだ!折れる、折れるからぁ!?…ぁ、ちょっと柔らかい感触…大きくなっ、だああああああ!?」


「こんの、エロサボり魔!なぁいにが『欠伸がでちゃうね…』よ!?バカ言ってないで、さっさと働けぇ!!」


「ぎぎ、ギブ!ギブだよ!働きますからぁ!ひぇぇっ!?」


また、いつも通りのやり取り…きっと明日も明後日も。そうやって毎日が、騒がしく楽しく過ぎていけば良いのにな。


こうして君の腕を引っ張って…


これからも、ずっと…


ただ、気になるのは…


傷一つなく…顔色一つ変えず、身なりも全て…"いつも通り"のアイツが帰ってきた事。


それは嬉しい筈なのに、言い様のない不自然さを感じてしまうのは…どうして?


横を歩く彼を眺めて気付いた、そういえば…


「ねぇ…髪の色、変えたのってさ…いつ?」


その時の僅かな反応が、私の心に小さく刺さった…どうして?



ー 嘘をつくの? ー



ー 新光歴 238年 4月 6日 ヒルダ私室 14:30 ー



「すまないな、少し散らかっているが…まぁ、適当にかけてくれ。コーヒーでも淹れよう」


"散らかっている"と言う割にはやけに整頓された部屋…生活感はあまり感じられない。ローボードの隅に飾られた写真立てには、薄らと埃が積っていた。


「…アイツは臆病者だった、昔から」


火に掛けたケトルを見つめヒルダさんはポツポツと話し出した。何かを確めるみたいに…。


「なにをするにも要領が悪くてな、訓練生の中じゃ下から数える方が早かった。


周りの教官達は手を焼いた、早々に匙を投げる者もいた…"落ちこぼれ"と言ってな。ただ…」


そこで言葉を切り、マグカップを2つ持って私の前に座った。


「砂糖とミルクは好きに使え」


「いえ、大丈夫です…ブラックで」


「そうか…」


「…頂きます」


コーヒーの香り…アナログ時計の時を刻む音が響く。静かにコーヒーを口に含む教官を見やる、ふと目が合った。


「…すまんな、口に合わなかったか?」


「ッ!?いえ、そんな…美味し「不味いな、やはり」…え」


「アイツが淹れる方が…美味い」


そう言って溜め息を一つ吐いてマグカップを静かに置いた。そして、私の目を見つめ静かに笑う。


「フッ…知りたいんだろう?アイツ…"麗舞"の事を」


「はい、教えてください!"彼女"の…レイさんの事を」


「…ん?」


「え?」


「今、なんと言った…"彼女"だと?」


「えっと、はい。レイさんは女性の「ククッ…ハハハハ!」…な、なんです?」


なにか可笑しな事でも言っただろうか…。


唐突に響く彼女の笑い声に、私は動揺を隠せないでいた。


「クフッ…あ、アイツが…女、だと?フハハッ、バカ言え…ハハハハ!


アイツは歴とした"男"だぞ。


まぁ…見ようによっては、そうかも知れんが…まさか此処まで騙される奴がお前程の者とはな。暫く見ない内に少しは、出来るようには成ったか…アイツは。ククッ」


笑いを堪えながらコーヒーを飲みまた、思い出したように笑う教官。


訓練生だった頃に見た彼女とは真逆の仕草だった。


"鬼教官"


その言葉通りの人だった彼女が、こうも無邪気に笑うなんて…私は夢でも見ているかしら?


というか、そこまで笑わなくっても…。


「ん、どうした?ラッピーが近接ワンポイントを喰らった、みたいな顔をして。私とて…笑うさ、同じ事を経験した身としては、な。


まぁ、そうむくれるな…種明かしはこうだ。」


ーーー 声帯模写さ


「私の声!?それが、声帯模写…ですか」


「あぁ、と言っても…今私がしたのは、この変声器を使ってだが。アイツは一度聴いた音…特に生物が発する音は大抵はマネ出来るそうだ。訓練場でもあったナベリウス森林区でのサバイバル訓練、戦闘能力の低いアイツが生き残れたのも声帯模写のお陰だと、アイツは言っていたな。しかし…」


急に眉間にシワを寄せ、残りのコーヒーを流し込む様にマグカップを煽った。無造作にマグカップをテーブルに叩きつけ私に吠えた。


「殆どは私をおちょくる為に使っていたがな!

なんなんだ!

『もしもヒルダ教官が純情可憐な乙女だったら』って!

私は今も昔も純情可憐だぁ!!クソが!」


それは無理、です…とは口が裂けても言えない、まだ私は死にたくない。


「はは…」


「それにアイツは落ちこぼれではあったが、周りに人は集まっていてな。巧く溶け込んでいるようで、アイツはいつも一歩引いた所にいて…周りを見ていた、だからだろうな…」


急に声のトーンを落とし、空になったマグカップを見つめる彼女は…


「自分よりも他人…いや、"仲間"を優先するのは」


「ッ!?」


"仲間"


ー これでも、逃げるのは得意なんですよ! ー


ー 後で、会いましょうね ー


目の前が滲んで、手が震えて…私は。


「…麗舞、さん。私…わた、し」


「あぁ…悲しんでいる所すまないが」


「…え?」


「アイツは、生きてるぞ」


…なにを言っているのか、理解出来るまで暫く掛かった。


既に冷めきったコーヒーを煽れば…何故か異常に苦味を感じた。



ー 新光歴 238年 4月 6日 ヒルダ私室 15:50 ー



「い、生きてる…ど、どういうことです!?仲間が言うにはあの人のテレパイプは私達に使ったのしかない、と聞きましたが?」


「私としてはそれを、どうやってお前の仲間が気付いたのか、気になるのだがな…まぁ、良いさ。

単純に、奴から連絡があった…それだけだ。態々、こんな古い通信端末を使ってな」


そう言って彼女は引き出しからソレを取り出してテーブルに置いた。一目見ても分かるくらいに、傷や塗装の剥げが酷く、画面は少し割れていた。


「こんな旧式…これは、訓練校のマーク?…しかも、私が訓練生になる前の時のマーク、どうしてコレがここに?」


「それは私が教官時代に使っていたものだ。元々、当時既に旧式化していた。教官職を辞めるときに、返却されても廃棄されると言うもんだからな…機密部分だけ排除してから、記念に私が買い取ったのさ。

今は通信形式が変わって、ただのガラクタ同然だが、使い様によっては独自の連絡手段になる…通信ログ検閲網に引っ掛かる事なく、な」


どういう事…態々そんな連絡手段を?

ログチェックを避ける為…でも、なぜ?

一体、彼女は何を知っているの?


麗舞さん…貴方は。


「正直に言うと、私も奴…麗舞の事で知ってる事は少ない。『教官と訓練生』の関係…一時期は、『男と女』の関係でもあったがな」


…開いた口が塞がらない、あの教官に…男?


「お前も中々、いい性格をしている。

私とて女だ…そういった感情にもなるよ。心の隙間を埋めて欲しい時だってある、それが偶々…"あの時の"麗舞だっただけに過ぎんさ。

アイツに会ったのも、訓練校以来だ…まさか名前と性別を偽って非正規アークスをやっているとはな。大方…上も絡んでいるんだろう」


「…ルーサー。あの人はそう言っていました、教官が最後にあの人に個人回線で連絡した後に。なにか、因縁めいた感じでした」


「…そうか」


そう呟いたまま、目を閉じた…なにか、思い当たる節があるようだ。


ただ、言葉を選んでいるような…。


「お前の性格は大体、知ってるつもりだ。人を見る目や勘が良い…欲しいと思ったら遠慮なく手を出すそのバイタリティーもな…勿論、仲間想いで義理がたいのも知っている。たが…今回ばかりは止めておけ」


予想を反しての言葉。


「え…」


「アイツと深く関わるな…今いるお前の仲間が大事ならば、な」



ー 新光歴 238年 4月 6日 カジノエリア ロビー 21:00 ー



昼間の教官の言葉が頭を離れない。


ー 『ルーサー』それは、虚数機関の総長の名だ ー


ー ただの研究機関の筈だが…どうやらそれは『表の顔』らしい、船団上層部とも根が深いと見える ー


ー 態々、トップが大々的に作戦に割り込んできた…余程の事なのだろう ー


ー アイツと深く関わるな… ー


ー 普段、アイツは一般人の"麗舞"として振る舞っているそうだ、その一面だけで関わりたいのなら…カジノへ行け ー


ー 不定期でブラック・ニャックのディーラーをしているそうだ ー


虚数機関…ただの研究機関が、上層部を動かすほどの発言力を持つなんて、そんなことが有り得るのかしら。

でも、実際に作戦は変更された。

そしてあの人は今、私の見える所で…


『らっしゃーい、カジノいかぁっがスかぁ…楽しっスよー、オネエチャン綺麗だよー。…コイン溶かしてけコノヤロー、ボクは嬉しいなー、あははー♪』


ビラ配りをしている。


本当にあの時、私達を助けてくれた"レイさん"なのかしら、確かに声は男の声だけど…真相を確めるべく、私は彼に近付いた。


「また下らない事をォオオ!!」


「いだだだだだだっ!!割れる!割れる割れりゅううう!?」


あぁ、…見れば分かる、アレは痛いやつだわ。中々、パワフルなのね…"カジノエリアのアイドル"は。彼の顔を潰されると、私も困るし止めないと。


「あの…少し、いいかしら?」


「あぁ!?貴女はあの時の!!」


「え、なにディールちゃんの知り合い?そんで、なにかご用意ですかね?出来ればカジノで遊んでって欲しいんだけどねぇ♪」


対照的な反応で私を見る二人。特に彼は…あの人に似ても似つかない笑顔だった。所謂、営業スマイルってやつかしら…ただ、あまりやる気は感じられないけれど。


「もちろん、そうさせてもらうわ。今夜は貴女に是非、ディーラーをお願いしたい…コインは山程あるの、私が勝てば…貴女が欲しいわ、ディーラーさん♪」


彼の顔が目と鼻の先…


やる気のない垂れ下がった目尻


キリッとすれば、きっと切れ長


だらしなく伸びた鼻の下


…結構、ウブなのかしら顔を赤くして慌ててる。その反応は、似てると言えば似てるし…それに、この匂い。


「…煙草の匂い。レイさんと同じ…まさか、貴女が"男"なんてね」


私は彼の耳元で囁いた。


「!?……あ、あのぉ…どうかされましたかねぇ?出来れば、離れて頂きたいんですがねぇ…」


あらあら、嘘が下手なのね…でも。


「いえ、なんでもないの。

それよりも…私の


『御姉様』


になってください♪」


彼の頬にそっと手を添え、私は言った。もう逃がさない、さぁ…。


"お話"しましょう?



ー 新光歴 238年 4月 5日 ヒルダ私室 11:00 ー



「うっ…」


揺らすような鈍い痛みに堪えながら身体を起こす。

どうやら寝過ぎたようだ、着崩れてシワになった制服…飲み散らかした酒の空き缶や空き瓶がテーブルの上に転がっている。


「飲み過ぎたな…頭痛薬は、切らしてたか」


顔を洗い、鏡に写る自分を見れば


「酷い顔だな…」


それもこれも…


「お前のせいだぞ…大嘘つきめ」


ベッドに投げ出された写真立てを拾い、少し残ったホコリを払う。

突如、鳴る来訪の知らせ。

私は軽く身なりを整えて応対する、酒臭さは…


「まぁ、文句は言わせんさ…」


頭痛の煩わしさを振り払うように扉のロックを外し、出てみれば。


「…いない?「勝手に上がらせてもらい、申し訳ありません」…ッ!お前は…」


不意に背後からの声、振り向き様に反射で懐の銃を抜く。

そこに居たのは齢16歳の少女だった。


「少し、お話があります。ヒルダ通信士長…いえ、元戦技教導隊 ヒルダ隊長」


「お前は確か、六芒…均衡の」


「はい、零の…クーナと申します」


思わぬ来訪者に警戒を促す様に、頭痛は激しさを増した気がした。


「…あの、お酒臭いのですが」


「文句は言わせん…すぐ片付ける」


子どもにはキツイか…。


「子どもじゃありません」


「…?」


「アイドル……少女、です」


「…そうか」


…よくわからん奴だ。


「貴女に聞きたいことがあります」


「…まぁ、座れ。コーヒーでも淹れてやる」


私を居抜く視線から逃げるように、無言で銃を仕舞い、キッチンにあるケトルを火にかけた。二人分には多すぎる水が沸騰するまでは、まだ時間がかかる。調理台の隅に置いた煙草に火を着け、ゆっくりと吸い込み…吐き出す。

こいつが訪ねて来たということは、恐らく…さて、どうしたものか。


「珍しいですね…今時、マッチなんて。それに貴女も煙草を吸うんですね、彼と同じものを」


「…。」


「彼は何ですか」


「質問の意味がわからないな。お前のもう一人の【弟】ではないのか?そういえば…片割れの方は最近になって、また暴れ始めたらしいな。そろそろ、楽にしてやったらどう「貴女には関係ありません」……そうだったな」


1本目を灰皿にねじ込み、2本目に火を着ける。

ケトルが徐々に音を上げ始める。


「貴女が知っていること、全てを話してください。彼の…麗舞のこと「アイツは私の教え子だ。それだけだ」…嘘が下手ですね」


「嘘なものか。確かに、教え子以上の関係でもあったが…もう昔のことだ」


ケトルから甲高い音がして火を消す、2つのマグカップに湯を注ぐ。ドリッパーに少しだけ注いで砕かれた豆がふやけるまで待つ。頃合いを見て再び、ケトルを傾けた所で…



ーーー 【スイーパー 01】…貴女のコールサインでしたね。 



躊躇してしまった。


「…教導隊だからな、【アグレッサー】くらいするさ」


再び、湯を注ぐ…湯気と共に豆の香りが立ち込める。


「彼が訓練生の時に実施された、惑星ナベリウス森林区でのサバイバル訓練。突如として大量発生したダーカー及び大型原生種により、参加した訓練生と教導官が全て死亡した事故…彼と貴女を除いて、です。貴女がそのコールサインが使ったのは、その一度きり」


クーナの言葉に呼応するように、記憶が甦る…あの時の光景が、教え子や同僚の絶叫が…頭の中を駆け巡る。


「あれは事故などではない、事故などと呼ばせてたまるものか」


「…話して、くれますね?」


「深く関わればお前とて、ただでは済まなくなるぞ?アイツは【毒】だ…それも質の悪い奴だ。ズルズルと知らない間に深みに嵌まっていく、気が付いたらその【毒】がなければ生きられない」


「元より真っ当な生まれではありませんから、それに…【毒】に犯されているのは貴女だけではありませんよ」


「ふっ…そうか。お前は、まだ処女だろう」


「な!?…それが今、何の関係があるんですか!」


「気にするな、忘れろ」


先程までの冷静な顔とは別人の、年相応の表情に変わる。

気をよくした私は、足元にある引き出しを開ける…怪訝な顔を浮かべる彼女を他所に、底板を外し中に閉まって封筒を手渡した。


「これは?」


「私が独自に伝を使って集めた、アイツに関わる資料だ。たったこれだけの紙切れだがな…これでも【ヤツラ】の目を欺くには、かなり骨が折れたよ」


「これ以上は…消されますよ?」


「それこそ今更だ…元より私は、あの時に死んでいたさ。それに…」


「?」


私は言葉を句切り、冷めきったコーヒーを飲み干した。


「…勝手に作られた理由を押し付けられたところで知ったことか。私は…私の思うように、勝手に生きるだけだ、文句は言わせん」


普段よりコーヒーを濃く、砂糖を多めに入れたはずなのに、口に広がったのは酷く不快で、まとわりつくような…あの時、ナベリウスで味わった泥水の様だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「なんとまぁ…。改めて読み返すと、こう……酷いよね?」


軽い溜め息と共に記録書の束を放り投げ、机の上に足を投げ出し…煙草に火を着けた。


「…貴方は何も思わないのですか!?なぜそんな平然としていられるのですか!あんな、あんな…事を…ッ!!」


手近にあったサイドテーブルを殴り付け、目の前にだらしなく椅子に腰掛ける弟を睨み付けた。


「眉間にシワ寄せて、笑えば可愛いのに…勿体ないねぇ」


「ッ!!貴方という人は、こんな時でもふざけて!貴方だってハドレッドの一部を「ストップ…ダメだよ、クーナちゃん」んぅ!?…麗舞!」


その先を人差し指で塞がれた。


「クーナちゃんでも知ってる事がバレたら不味いんだから迂闊に喋っちゃダメだよ?

そんな事より「そんな事!?貴方の事がそんな事ですって!?」…そうだよ。

てか、その話は何度もしたじゃないのさ。今更だよ…とにかく一番は『ハドレッド』の事が先決でしょ?」


弟の言う通り、最近はあの子の目撃情報が多くなって来ている…それに比例するようにダーカーの発生率も上がってきている。

残された時間は少ない。


「くっ…わかりました、まずは『ハドレッド』を先に助けましょう。勘違いしないで下さいね、決して貴方が私にとってハドレッドより価値が下な訳ではないことを!努々!お忘れなく!では、また連絡しますので。…失礼します、私の、もう一人の…弟」


そう言い残し、私は弟の部屋を出た。


『はいはい、わかってるよ…クー姉さん。もちろん助けるさ…ハドレッドだけは、ね』


扉越しに聞こえた言葉に唇を噛み締めた。


「…どこまでも、自分を蔑ろにして。ホントにバカなんだから」


誰もいない通路に、私の声はよく響いた。



終)

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